第8話 新たな異世界での目標

 私はゆっくりと瞼を開けた。

 天蓋の演劇の幕に少し似た青色の幕は、彼女を守るように囲っている。私は起き上がって額に手を置く、重々しい溜息を零しながら相棒に声をかけた。


「……アウェス」

『起動、魔女の質疑の問いを要求』

「アスティリアを殺した犯人の特徴は?」

『魔女が目覚めた瞬間の現場の映像なら閲覧可能』

「見せなさい」


 アウェスの目を借りて、私はアスティリアの自室である現場の映像を見る……気が付かなかったが、群青色のカーペットの上に血がかかっている。打撲や斬殺系の殺傷の血の出方ではない。

 でなくては倒れた拍子に服に血の跡が付かない方がおかしいのだから。

 私はベットから降りて、カーペットの裏に血が残っているか捲って確認した。


「……やっぱり」


 カーペットの表はなぜか血の血痕がないが、裏地にだけわずかに残っている。

 つまりローゼンベルク家の使用人に協力者がいた可能性がある。まあでも、体に血がこびり付いていなかったのは私の転生術で止血した可能性が高い……が、服にかかっていたのに気づかなかったのは盲点ね。

 ただ……問題はそこではないわ。


「アスティリアを殺した人物は殺し屋などの類の存在の可能性があるわ」

『肯定、魔女がアスティリアの体に転生しなければ誘拐者を犯人に仕立て上げて裁判になり誘拐者が有罪になった可能性も濃厚』

「……まるでミステリー小説の探偵にでもなった気分ね。まあ、殺された被害者が犯人を捜す、というのは私がいた世界での小説にはまずなかったけれど」


 ティアレーゼは唇に手の甲を当て、口角が上がる自分を抑えきれないでいた。

 

 ――……ああ、愉快だ。ぞくぞくする。


 最果ての図書館で司書をしていた私が、こんな刺激的な事件と関係を持つどころか、裏社会との繋がりを持つなんて。

 まるで、ノアール小説のようで、まるで、群青劇の主役になったようで。

 

「ああ、ああ、ああ……とても気分がいいわっ」

『魔女、興奮ボルテージ最高潮を突破』


 私は脳からほとばしるアドレナリンが湧き出すのを感じた。口角が自然と上がってくる。いや、上げずにこの情熱で脳を沸騰させないでいられるものか。


「……何か言った? アウェス」

『興奮のしすぎは冷静さが欠如の素』

「せっかく異世界に来たのよ? 今まで退屈だった日々が嘘のような刺激に、歓喜して何が悪いの? 貴方だって、私に今まで退屈な日常しか与えてこなかったじゃない……それに、彼女との契約があるもの。絶対に突き止めるわ」


 ティアレーゼは口元に手を当てたまま、扉の向こう側を見つめながら相棒に強制する。


「協力しなさい。アウェス」

『肯定』


 ……相棒が、ひねくれている点もあるけれど素直なところは素直だ。

 よし。


「さぁ、今最大の至高の謎を解くためにも、情報を採取していこうじゃない――私の刺激的な日常を送るためにも、ね」


 もしかしたら私の最期に願った刺激的な日常、という条件にアスティリアが選ばれた可能性があるかどうかは……それは、これからわかるだろう。

 転生術で彼女が私の転生体として選ばれた理由を探るためにも、彼女の過去を再認識する必要性がある。アスティリアには悪いが契約終了の日が来るまで、彼女の体を借りることにしよう。

 それまでにアスティリアを殺した犯人を見つけられればいい。

 魔女は少女の笑みではなく、おぞましく己の欲望の開花に笑みを零した。

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