第7話 夢の中の彼女との契約
微睡の中、私はゆっくりと下に落ちていく。
彼女の夢という意識の海の中で下に沈んでいく。たった一人の心象風景の中へ。たった一人の夢の中に隠された意識を覚醒させるための
私はようやくたどり着いた水面を降りる。
「……随分と、大人びた子なのね」
彼女の意識下にある私の姿は、声も異世界での私となっている。
認識しているのは、私が図書館を起動して彼女の精神を呼び掛けているから。随分と久しぶりだ、誰かの意識の中で自分の姿を晒すのは。
水面から降りて、草木の庭園で鳥籠のようになった揺りかごの中に白い純白のワンピースを纏った少女がそこにいる。
空を切り取った澄んだ色の瞳の少女が、潤んだ瞳で顔を向けてくる。
「……だ、れ?」
「はじめまして、アスティリア・ウィル・ローゼンベルグ。私はティアレーゼ。死んだ貴方の体を利用している赤の他人の魔女よ」
私は一歩、彼女の揺りかごの方へと近づいていく。
純粋無垢、と評しても違和感のない少女は目の色を変えた。
「……
ここですんなり自分の死を受け入れられるなんて普通の子じゃないわね。
だからこそ、私の転生先に選ばれたのかしら。
にっこりと私は彼女に微笑む。
「いいえ、彼らは貴方が死んだことを知らないわ。私が貴方に成り代わった、私の意思次第では貴方の精神を奪うことも殺すこともできる……これがどういう意味か、幼い貴方にはわかるかしら」
「……じゃあお父様たちにはもう、会えないのですか?」
涙で滲む少女の瞳は、嘘の言葉も偽りの涙でもない。
私本来の姿だからこそ理解できる。
少女は、心から涙しているのだ。
「緊急事態でもあったから貴方の体は先に蘇生させたわ、けれど貴方の契約なしでは成立しないの。魔女という生き物は契約を遵守する存在だから……わかるわね?」
「要するに、こじつけがほしい、ってことですか?」
「大人の事情をあっさりと見抜いてしまうのね、いけない子」
「あ、ごめんなさい。わ、
少女らしく、慌てているようだけどその瞳、いいえ、思考には冷静さが消えていないと彼女の意識下に働きかけている私ならわかる。
……彼女の母親が言ったように、本当にこの子は聡いのね。
私がもし大人びた行動をとっても、問題なく受け取られるのは好都合だわ。
「いいえ、貴方の体を借りるのだもの、それくらいの豪胆さは必須だわ」
「……それは、契約をすれば
「ええ、貴方が契約をするのではあれば」
少女は小さく息を吐いて、瞳に光を灯した。
彼女は続けて私に縋りついた。
「なんでもします、なんでも、どんなことでもするから、お父様たちに会わせてください!!」
……いい子ね。とってもいい子。
でも、こんな純粋な彼女を利用するなら、心置きなくしておきたいから。
「……貴方は、私の見た目を見て思うことはない?」
「魔女、ですよね?」
「ええ、そうよ……けれど魔女というのはとても恐ろしい物なの。なんでもなんて言葉を軽々しく使うのはいけないわ」
「でも、お父様たちに会えなくなるくらいなら、
少女の目には涙がたまり頬を伝い落ちていく。
……ああ、作家たちが描く夢物語の主人公のような彼女が、嫌いになれない。
だって、まるでこれは運命の魔女と少女の契約のシーンのようだから。
私が、焦がれた物語の一つのページを捲るあの時の興奮が目の前にある。
……ああ、たまらないわ。
彼女と契約を結べば、私は彼女のカードになる。
だからこそ、それを利用させてもらいましょう。
――私の刺激的な日常を過ごすためにも。
私はアスティリアに悟られないよう、優しく諭した。
「魔女の契約は絶対厳守……だからこそ貴方が本当にしたいことを望むなら、その協力をしてあげるわ」
「したい、こと? ……そんなの、ないです」
「あるでしょう? 世界の美麗な作品群や風景をこの目で見たい、世界の美味たるものを食べ尽くしたい……決められた制約の中じゃなく自分奔放に刺激的な日々を過ごしたい、とかね」
「……そんなに、欲張っても許されるのでしょうか」
アスティリアは下を俯かせる。
彼女の瞳に僅かに灯る熱を、期待を見逃さなかった。
……もう一歩ね。
「貴方が望むなら、私が叶えてあげる。貴方が拒否するなら、その望みは叶えないわ」
「……私、は、わたくしは、生きたい。生きたいのです! ……でもっ」
「望まないなら、貴方は一生この楽園のような監獄の中にいるだけよ」
「そ、そんなっ」
「貴方が契約を望まないなら、契約を交わしていない私に権利があることになるわ。そうなれば貴方の体で好き勝手してしまうかも……ああ、私と契約すれば両親にもまた会えるのに」
「……いや、です」
「何が?」
「
「――そう」
この子は、私とよく似ているわ。
だからこそ、だからこそ――――同じ刺激を求める友として、ふさわしい。
「ならば貴方のその願望、果たしてあげる――さぁ、手を握って? アスティリア」
「……はいっ!!」
アスティリアは決意に満ちた目で私の手を取る。
「私は誄魂の魔女、ティアレーゼ。交わした誓いは
「だったら、絶対に見つけてください。私を殺した誰かを」
「ええ、もちろん――」
ティアレーゼとアスティリアの間に、数多の煌きを見せる極光にも等しい光が二人を繋ぐ。
「……っあ、」
「――――さぁ、契約はなされたわ。今は眠りなさい。アスティリア」
魔女は微睡の中で少女の本音が聞けたことに口角を上げて彼女との契約を交わす。アスティリアの意識が途切れるのを感じ、私の意識はそこで途絶えた。
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