第4話 反撃開始

「……おうおう、自分の立場、わかってんねぇなあ? おらっ!!」


 私は男の隙を狙って拘束されていた縄をナイフで切り裂き、男が殴ってくるのを避け、頸動脈すれすれに左手に持ったナイフを宛がう。


「……自分の立場、わかっていないのはどちら? オジ様」

「な、なんで、ナイフがっ」

「最近の子供は護身術にも長けているんです……縄をするなら、足にもするべきでしたね。死にたくないなら、私の言うことを聞いてくれる? オジ様」


 無邪気な子供の笑顔に怯える男にトントンとナイフを当てて怯えがらせる。

 いい気味にね、こういう男に恐怖を味わせてやるのは嫌いじゃないわ。


「答えるわけねえだろ!!」

「そう、残念」

「うがっ!!」


 私は思いっきりナイフの柄で男の頭を殴った。

 男はその場で小さな悲鳴を上げて倒れた。

 ……うん、脳震盪が起こる程度に殴ってやったから当然と言えば当然か。


「おい、どうした!?」


 男の異変に気付いたのか、もう一人の細身の男がこっちにやってくる。


「……ッチ、邪魔が入っちゃいましたね」

「他の奴らを集めろ! 何が何でも、コイツを逃がすなぁ!!」

「あ、ああ!!」


 男の声で、他の不良らしい男どもが集まって来た。


「――――ああ、厄介ね」


 私は男の頭に思いっきり蹴りを入れて気絶させる。

 他の男どもより、あの細身の男の方が頭がよさそうだからそいつに情報を吐かせればいいだろう。


「アウェス、魔眼を起動して」

『魂に刻まれた誓言無くして、他者の承認は不可とする』

「……その確認をする必要ある?」

『誓言を』

「……堅物なのは相変わらずよね、貴方って」


 小声で確認を取りながら、小さく呟いた。

 顔を上げ、起動の言葉と共に相棒アウェスを脅す。


「涙痕の海に溺れ揺蕩う無様なお前を私は跪かせるわ。喘ぎなさい、アウェス。この言葉を聞いて私じゃないと疑うのなら貴方の存在ごと抹消するわよ」

「は? な、なんだ? 何を言って……と、とにかく! が、ガキを捕まえろ!!」


 男たちはそれぞれ武器を構え始める。


『リアス・アイズ起動、我が主、誄魂の魔女ティアレーゼと認識――――ようこそ、言海げんかいの楽園へ』


 アウェスの言葉がアスティリアの周囲に青い光が灯る。


「再承認の細かい詳細は省略して、この場全てのマナを集めなさい」

『了承』


 勇者にパスを閉じられたから、まだ自分の転生体が子供だからか制御が難しい。

 けど、私の言葉だと認識した相棒には、今の言葉で十分だったろう。

 見開かれた少女の両眼に白い鳥が浮かび上がると目が青く輝き出す。

 左手に握られたナイフを模した武器が、彼女の右手に握られる。


「――さぁ、かしずいて跪く時間よ」


 一人の幼い少女は、その両手に二つのナイフを構えた。

 男たちはいっせいに襲い掛かり、アスティリアは男たちの攻撃を受けるのではなく、ナイフで流し的確に体が動けなくなる範囲の攻撃を行う。


「は、早い!!」


 アスティリアは叫ぶ男の声を聞きながら、壁を蹴り男の背後に回り股間を蹴って動けなくした。後ろから襲い掛かる男に右に避け、ナイフを横腹を切り裂く。

 ナイフのハンドルの下の方を穴の開いた物にしているので、時折、指で回しながら的確に雑魚共を蹴散らしていく。

 最後の二人は、私を前と後ろに襲い掛かって来たので、しゃがんで前の方の男の足元をスライディングで通って行けば、お互い殴り合って気絶してくれた。


「な、なんだ、なんなんだお前は!!」


 気が付けば、細身の男以外を抜いて全員倉庫で倒れている、という状況に当の本人は驚愕を禁じえない様子だ……アウェスに俊敏性にバフをかけてもらっているから正直に言うとかなり辛い。

 けれど、違和感なく私は子供らしく、ふふっと、頬に血が付いた顔で愛らしく笑って見せた。


「どこにでもいる普通の小娘ですわ、オジ様?」

「ば、バケモノ……!! こ、こんな話、聞いてない!! お、俺は帰らせてもらう!!」

「逃げないでぇ? ほーら!」


 私は逃げようとする男にナイフを的確な位置で投げつける。

 ダーツの要領でやるなら、中央ならぬ脳天一発だが、今は少しでも情報を探らなければいけない。彼が逃げる方向で顔のすぐ横にナイフが壁に突き刺さる。


「ッヒ!!」


 男は完全に怯えた目をしている。

 よし、後はこのまま雪崩れ込むようにこの男を脅せばいい。

 平静を装って、できる限り脅しておかないと。


「情報源を逃がすとでも? ただの子供でも、舐めたら痛い目に合うと覚えた方がいいですよぉ」

「な、何を――――がぁ!! ぁああああああああ!!」


 続けて、ナイフを彼の手の甲にめがけて、壁に突き刺さるように投げる。

 ナイフはこれで無くなったわけだが、この空間の中の残り少ないマナで小さいナイフを手に持って男の背中に突き立てて脅す。


「私が聞きたいことに答えてくれたら、見逃してあげる――――誰の差し金?」

「た、ただ金で雇われただけだ!! 俺は知らない!!」

「本当に? 嘘をついたら、心臓に一突きしてもいいんですよぉ? オ・ジ・サ・マ?」


 甘く蕩けるように言って、男の恐怖感をわざと煽らせる。

 どちらが優位か知らしめるためだ。

 普通の常人なら、この程度なら喋ると踏んではいる。

 もし嘘を言っているなら、アウェスに確認してしまえば一発だ。


「もし、貴方が逃げたいなら、まず貴方の名前を教えてくれますか?」

「な、名前? なんで、」

「疑問を抱かないでください、私が答えろ、と言ったんですよ? 死にたいんですか?」

「こ、答える。答えるからっ!!」


 至近距離で男は泣きそうな顔で叫ぶ。

 必死に堪えて、可愛い……この男、意外と顔は悪くないのね。

 バサついた真ん中分けの黒髪に光の無い橙色の瞳。白いパーカーにジーンズ、普通の一般的な格好だけれど。

 必死に涙声で抵抗する彼は意外と、声も低い。青年ってぐらいの年なのだろう。考えられる可能性を上げるなら仲間に誘われて小遣い稼ぎで悪事に、みたいなところかしら。


「……流鴬るおう流鴬朋成るおうともなりだっ」

「ルオウ、トモナリ……どっちが名前なのですか?」

「と、朋成が名前だ! どっちだっていいだろ!?」


 ……おそらく、私のいた世界で言うところの透刧の国の住人たちと同じタイプの名前ということかしら。まあ、今はそんなことはどうでもいいわ。


「そうですか。でも、名前を答えたら開放するなんて言ってないでしょう? さぁ、全部吐いてもらいますよ」

「こ、殺さないでくれるなら、なんでも言う! 言うから!!」

「……なんでも? なんでもですって?」


 ふざけているの? この男……なんだか腹立たしいわ。

 なぜだか、彼の言葉が琴線に触れた。


『――なんでもするって、言ったよねぇ? キヒヒッ』

「……ッ」 


 頭に知らない記憶が流れ込んだのを感じる。

 なぜだか、わからない。わからないけれど今言った男の言葉は、なぜだか気に障る。アスティリアの瞳は黒く淀んだ色をしたのに、朋成はヒッと怯える。


「……嘘は嫌いなんです。大嫌いなんです。もし、その言葉が偽りなら――――地の果てでも追いかけて殺される、その覚悟があって言ってますか?」

「う、嘘じゃない!! お前を誘拐したら金を出すって男に誘われて……! 誘ってきた奴の名前も知らないんだ!! お前が気絶させたアントニーなら、わかるかもしれないっ」


 アントニー……私に殴りかかった男か。

 だったら、彼も五体満足の状態でしないといけないわけだけど……今は彼から聞ける分だけ聞いておかないと。


「も、もう許してくれぇ! 俺には、弟たちが待ってるんだよぉ!!」

「――アウェス、彼の言葉の真偽は?」

『流鴬朋成の人生史表的な虚偽は無し、ティアレーゼに対しての嘘の虚偽も無し』

「……そう、じゃあ本当に金に困った一般人、ってことね。わかったわ」


 小声でアウェスに答えていると、朋成は怖がりながらもキッと睨んでくる。


「さ、さっきからアウェスってなんだ!? 誰と会話してる!? 耳に通信機がないのはわかってるんだぞ!!」

「貴方は知らなくてもいいことです。ナイフ裁きは知り合いのオジ様から教わっただけですので……しかたないから、もう解放してあげます」

「……ほ、本当か?」


 男は少し安堵の色が含んだ目をこちらに向けてくる。

 これくらいですぐ信用するこの男のちょろい人間性に馬鹿らしく感じながらも、素直に感謝しておくことにした。


「ええ、この後はお父様たちが迎えに来てくれる手筈、なのですよね?」

「ど、どうしてそれを……もしかして、聞いてたのか!?」

「その言い方からして、間違いではなかったようですね……まあ、今回だけですよ」


 パチン、と私は指を鳴らしてナイフをマナへと変えた。

 マナとなったナイフは彼の知るであろう手品のように消えてなくなった。


「……っぐ、うぅ! な、なんでナイフがっ」


 朋成は手の甲を抑えて蹲る。


「特別です、貴方が通報してくれるならここであったことは不問とします」

「え……? 逃がしてくれるのか?」

「貴方が弟たちに嫌われたくなければです、アントニーって方が連絡手段を持っているのでしょう? 彼から通信器具を取って、お巡りさんに連絡してくださるなら貴方の傷を無料で見てあげられますから」

「で、でも金がないと……」

「お父様とお母様が私を助けてくれたお礼はしてくれると思いますよ。貴方の善良な精神に期待します」

「……わ、わかった」


 朋成はアントニーの懐から通信器具を手に取って、警察に連絡を入れて事なきを得る運びとなった。

 私は一度、パチン、と指を鳴らした。


「……? どうした?」

「いいえ? なんでもないですよ」

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