第5話 死

その一言はこの事件の真相を決定付け、この不可解な状況を終わらせる核心的な材料になった。


「決まりだな」


そう言って眼鏡の男はおもむろに懐から杖を取り出して「僕」の方へ向けると、「僕」の両腕は背中側で交差し固定され、膝をつかせられた。その動作からして男は相当な魔術師の様だった。「僕」の体勢はギロチンに固定される処刑人を連想させた。


「本当は未成年は処刑しちゃダメなんだかな、なんせ国の重要人物を殺してるんだ。お前は例外だ。」


母さんは顔をくしゃくしゃにして眼鏡の男のする処刑を止めようと向かったが、大男に身を呈して止められた。アリスは相変わらず窓から大粒の涙を流してこちらを見守っている。


「アリス絶対出てきちゃダメよ!」


母さんは男と格闘しながら家に居るアリスに向けて叫んだ。妹も妹なりに今は外に出ない方が良いと分かっていたのだろう。


あぁ、もうここまでか


「僕」はそんな事を考えている顔をしている。


母さんとアリスの願いは叶わず、眼鏡の男はゆったりと呪文を唱え始めた。その声は落ち着いていて、とても人を殺す呪文を唱えているとは思えない。


しかし、その呪文を唱え終わるほんの直前、母さんはそれまで大男に掴まれていたの手を振りのけ、「僕」と杖の間に飛び込んだ。


「母さん!来るな!」


「僕」が叫んだその瞬間だった。男の杖から黄緑色の光線が出て、母さんの腹を、そして、「僕」の胸を貫いた。


それは一瞬の出来事だった。

肉の焦げるような鼻を刺す匂いが辺りに広まった。


それまで必死に声を殺してきたアリスの悲しき悲鳴が森中にこだました。


「俺にもあの、あそこで叫んでいるお嬢ちゃん位の娘が居る。あの子を見逃すことをお前さんまで撃ってしまった罪滅ぼしとさせてくれ。」


眼鏡の男は「僕」らが攻撃をもろに食らった事を見て、大男と一緒に引き返し始めた。もちろん、その言葉は大量の血を吐いて倒れている母さんには聞こえなかったと思う。




男達の姿が見えなくなった時、母さんは這いつくばりながら「僕」の下へと向かった。なんと母さんはまだ生きていたのだ。腹には空洞が空いていて口からは血が溢れ出しているというのに。


母さんが「僕」の下へ着くと「僕」がまだ息をしているのに気がついた。


「クラウス...あなたは生きて.....生きてアリスを守ってあげて...」


そう言って僕の胸に手を当て、最後の力を振り絞って《復元魔法》を唱えた。血を吐きながら、涙を流しながら。そして最後は傷が癒えていく僕を抱きしめて動かなくなった。


僕はその姿を見て胸が苦しくなった。こんなに僕の事を愛していた人をなぜ忘れてしまっていたのか。自分が許せなかった。気がつくと大粒の涙が溢れていた。


相変わらずアリスの泣き声が森中に響き渡っていた。


《復元魔法》を受けて「僕」は息を取り戻し、立ち上がると、隣で倒れている母さんを見つけ深く絶望した。母さんがもう息をしていないのは僕が遠くから見ても分かる。


アリスは「僕」生き返ったのを見つけ、家から飛び出し、「僕」の下へ抱きついた。


「お兄ちゃん、、良かった、、生きてたんだね、」


でも「僕」は抱きついているアリスを見ずに横で倒れている母さんの事を揺すったりして気にしていた。顔面は今の空のように蒼白だ。


自分のせいで母さんが死んだ。自分の責任だ。


多分「僕」はそう思っているんだろう。まあ実際そうだけど。


死んだ目をした「僕」はおもむろに近くをさまよいだした。


「何してるの?お兄ちゃん?」


アリスの質問に目もくれず、何かを探すように歩き出した。


「ねえ!お兄ちゃん!」


少し歩いて「僕」は岩を見つけた。自分の頭ほどある硬そうな岩だ。


「ねぇ、まさか、、」


そうアリスが言ったそばから「僕」は自分の頭を地面の岩に勢いよくぶつけた。頭から血が滲みだし

、「僕」は地面に倒れ込んだ。





そこでクロノグラスの、僕の記憶は終わった。

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