第3話 思い出せない記憶

ここは、、、僕の家だ。馴染みのある小さな小さな家。ほとんど変わってない(家の中は若干片付けられているように見える)が一つだけ今と違う点がある。それは、女性が僕の前で座って編み物をしている事だ。僕に背を向けて机に向かっている姿は見覚えがある。そう、「思い出の走馬灯」で見た僕の母さんだ。

顔は見えないがぼさぼさな髪と少し猫背な後ろ姿ですぐに分かった。


まじまじと眺めていると、視線を感じたのか母さんは振り返った。


「クラウス、何ぼーっと立ってんの。朝、買い物に行くって出ていって今まで帰って来なかったんだから、早く森へ行って山菜を採ってきてちょうだい。早くしないとあっいう間に日が暮れちゃうよ。」


母さんの声は初めて聞いたのに聞き馴染みがあった。内容だけ聞くと怒っている様に思えるが、母さんの柔らかい声のトーンは決してそういう訳ではないことを僕に理解させた。


「あぁ、今行こうとしていたところ」


記憶の中の「僕」はそう答えた。


第三者目線で自分を見るというのはとても違和感のある事だ。


母さんはそれを聞くと、再び机にある赤色のセーターをシワの目立つ手で取り、縫い始めた。アリスは母の隣の席で僕らの会話を小耳に挟みながら本を読み進めている。


僕はふと思い出した。妹は三年前、僕が記憶を失って目を覚ました日、親の事を聞いた時にこう答えた。


「お父さんはお兄ちゃんが生まれてすぐ出ていったみたいだよ。お母さんは6年前に病気で亡くなっちゃった。病名はね、確かクモマッカシュッケツ?みたいな名前。」


この、今見ている思い出によってアリスがあの日言った言葉は嘘だったと分かった。僕の知る限りアリスの言った嘘は2つしかない。クロノグラスを落として割ってしまったという嘘と、このお母さんに関する嘘の2つだ。奇しくもこの2つの嘘は、僕が目を覚ました日に言われた事だ。アリスの謎がまた1つ増えた。


「僕」はゆっくり歩き出しドアを開いた。薄暗くて厚い雲が空を覆っていて、今にも雨が降りだしそうだ。ドアを開けると湿った風が「僕」に向かって吹きつけた。


山菜を採りに家の裏側の森に向かおうとすると、家に繋がる道に人が居ることに気がついた。見覚えの無い2人組だ。


1人は背が高くてガタイのいい熊のような若い大男で、もう1人はその大男とは対照的な大きな眼鏡を掛けた太ったおっさんだ。2人とも僕らの様なぼろぼろの服ではなく、高そうなロングコートを着ていて、その服が魔法省の制服だと分かるまで少し時間がかかった(この前魔法市に魔法省の下っぱが視察に来ていたので制服を知っていた)。


なぜ山奥の僕の家に魔法省が?


魔法省はここから山を何個も超えてやっとたどり着ける首都、オルフェンの中心部にある。そんな魔法省の人間がここにいるのは非常に不可解な事であった。


しかし、「僕」は、彼らに気づいて鼓動がとてつもなく速くなり、至る所から汗が出できていた。

彼らはゆっくりとこちらへ歩いてきた。咄嗟に「僕」は逃げようと考えたが、眼鏡の男はそれを分かっていたかのようにこう言った。


「クラウス君、逃げても無駄だよ」

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