ありえない特別

あーる

ありえない特別

旅人はある噂を聞いた

纏った人に魔力が宿る着物がある

魔力なんておとぎ話の世界の話でまともに信じる人は少ない

その旅人もそのひとりだった

その着物がある染物屋に行くまでは


その染物屋は人里離れた場所にある

近寄りがたい雰囲気とは裏腹に中にいる店主は美しい女性で

この染物屋を訪れた人は着物より先に

店主の微笑みに心奪われるそうだ

その店主が差し出す着物に魔力があると言われれば

そうなのかもしれないと期待してしまう

そしてその期待は着物を見た瞬間に確信に変わる


この店にある着物はこの世の物とは思えないほど

美しく染め上がっているからだ

材料が特別なのか店主の技術が特別なのかはわからないが

他の物と違うことはわかる

そして旅人は店主に尋ねた

特別な何かがあるのかと

店主は 私にとって特別なことは何もないと言う

それは店主以外には特別とはならないのだろうかと思ったが

店主の独特な雰囲気に流されてそれ以上は聞けなくなってしまう


店主に着物を探しているのかと聞かれ旅人は頷いた

すると店主は店の中の着物を眺めて手に取った

店主はそのまま旅人の前に来てそれを差し出す

客が選んではいけないのかと聞くと

着物が人を選ぶと言う

それは着物の声が聞こえるということなのかと思ったが

この店主なら聞こえてしまえそうだから不思議だ


店主は着物を見せながら

この店の着物は全て枯れ草で染めていると言った

旅人は染物に詳しくはないがそんなことは初めて聞いた

それにこの店の着物はたくさんの色が染められているが

その全てが枯れ草と言われても信じられない

そんな思いを見透かしたように微笑んだ店主に旅人は噂通り心奪われた


心を奪われた旅人はありえないことを思ってしまった

ここにいる女性は魔女かもしれないと

旅人は今まで生きてきてこんなに美しい女性を見たことがないし

独特な雰囲気と心奪われる微笑みにも可能性は膨らんでいく


そんなことはないと何度も思うけれど

この店に来て旅人が特別だと思ったことを店主は特別ではないと言った

枯れ草を材料に使うこともその技術も

そして枯れ草でたくさんの色に染めることも

その全ては特別ではないと言う

旅人が思う『特別』は特別ではないのかもしれない

それは同時に旅人が思う『普通』も普通ではないと言うことだ


だからこの世界に魔女がいるのはありえないことじゃないし

魔女がいれば魔力があるのは特別なことではない

この世界はそんなことが身近に溢れているのかもしれない

ここの店主にはそんなことを思わせる力があると思えるのも

ここの着物を纏うとそんなことを思えてしまうのも

きっとそうゆうことなんだろう

そして噂を聞きつけてやってくる次の客を

店主は微笑みながら待っているのだろう

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ありえない特別 あーる @RRR_666

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