episode4.「Oscar Mike」
「貴方はなぜここに? 」
という私の質問に
「この近くに集落があるんだ。怪我をしていたりガキや年寄りが多いんだ。だから俺が食い物とか食べ物を見繕いに来たんだ。」
そう返して手軽なスナックを持っていた鞄に詰めている髪を短く切りそろえて、無精髭を生やした灰色の目をした男、スティーブは答えた。
「それこそあんたみたいな最新の装備をしたPMC様がこんなところで何をしてるんだ?」
鼻にかかるような明らかな挑発は、それこそ存在を怪しんでいるからこそだろう。
「私だって知りたいぐらいだね。気がついたら隣の通りに倒れてたんだ。人を探しているとだけ言っておくよ」
しばらくの間、考えた様子のスティーブを横目に私は投げ捨てたスナックの袋を拾って食べていた。
「お前さんさえ良ければ集落に来ないか?若いし腕もたつんだろう。最近荒らされそうなんだ。」
「…いいよ、報酬はしばらく泊めてもらうってことで。」
「交渉成立だな。」
軽い握手をして、私も持てるだけ携行できる食糧、飲料水などを持って行くことにした。
暗くなり始めた頃、連れてこられたその形容すべき言葉を探すとなれば、ひとつの集落とはよく言ったもので、地下鉄に作られたコミュニティーは欠陥がみられないほど立派な集落として完結していた。
入口を鉄柵で塞ぐことによって強固な門を築き、誰が持ってきたかそこに聳える2本のミニミ軽機関銃は、まるで城を守る番の竜のようだ。
5.56×45mm NATO弾を毎分725発撃ち出すライトマシンガンを携えた門は要塞を彷彿とさせる。
門の隙間からは明るい光が見える。
それは炎特有の揺らめきを持っていない。
つまり何らかの方法で発電しているということだ。
気絶している間に変わってしまったこの世の中に、発電所が稼働してるとは思えない。
原子力発電所は制御出来ずにメルトダウンしているだろうか?
酒や瓶詰めのジュースを売ってる店、服屋におもちゃ、銃砲店、電気小物…本屋まであるこの薄暗い空間は、私にとって少し居心地のよいものらしい。
「お姉ちゃんどこから来たの?あたらしくすむの?!」
前歯が1本抜けた10歳ほどの少女が、その無い歯を庇うようにはにかみ話しかけてきた。
「お姉ちゃんはここを守るために来たんだ、今日から安心して寝れるようにね。」
グローブ越しだが、撫でると目を細め喜んだ少女にコンビニで仕入れたキャンディを渡した。
「どうだ、いい所だろうここは。」
「まあ確かに。私にとっては居心地の良い場所だね。住みたいぐらいだよ。」
スティーブは住みたければいつでも住めばいい。
ここに統治者はいないと、からっと笑って言った。
「っと、忘れてた。ここは物々交換で成り立っている。どうしても何か買いたいものがあればこれを渡すといい。」
5.56mmの弾をマガジンごと渡された。
「これは?」
「ここでの通貨さ。ここの他のコミュニティじゃ使えないから気をつけろよ。ああ、返さなくていいさ。それは今日の任務の報酬だと思ってくれ。」
そう言われ周りを見れば、自分の服や食べ物、髪の毛にこの弾などなんでも交換しているようだ。
全てが交換対象らしい。
それが自分であったとしても。
「ここはメトロ6っていう名前なんだ、ようこそメトロへ。」
貰ったマガジンの中から1発取りだして、串焼きの肉と交換した。
何の肉かはわからなかったが、鶏肉のような味がした。
マガジンはいうなれば財布だ。
弾は自由と言えるだろう。
「貨幣は鋳造された自由だ」とは、ロシアの作家が言った言葉だが、ある意味では弾こそ更なる自由である。
敵を撃ち倒す高エネルギー物質へ変化する小さな金属の塊。
5.56mmの弾であれば簡単なアーマーなら抜ける。
1発=1人の命と考えれば、簡単だ。
そこのお兄さん、新しい服が入ったんだよ!
いいもの持ってないかい?
無いなら弾でいいよ!
1着50発だ!安いだろ!
やいそこの、この肉買ってくれよ。
買ったらこのビールもつけるぜ。
今なら3発でどうだ。
商売上手だな、2発にまけてやる。
たったこの瞬間、55人の命の取引が行われたと言っても過言ではない。
子供が肉を買った。2人分の命でだ!!
喧嘩は起きないだろう。
見えるのは自由で、当たり障りのない彼らにとっての平和。
しかし、この自由は、鋳造されたものと違って何時だって自由だ。
紛い物は自由を買うことは出来るが、自由は約束されない。
自由は力ではないのだ。
時間こそ買えど、どこにも契約書は無いのだ。
だからこそ、彼らは本当に自由で幸せで、そして最も恐ろしいと言えるんだと、考えたところで肉を食べ終えた。
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