episode3.「D-Day - (Departure day )」


そういえば、と私は自分のポケットに入っていたスマートウオッチを取り出した。

軍の規格に基づいた頑丈なスマートウォッチは、時間だけでなく、自分が分からない体調の管理、メールに動画視聴まで何でもこなす。


そんなスマートウォッチに一通のメールが届いていた。


-code BookMan-【添付した住所にて待つ】


一枚の画像の添付。

それは私の彼女の家、地域にとってかなり大きなマンションの住所と一致しており、部屋番号まで同じだった。


行動する理由はある、わかりやすい目的も見つかった。

そう考えた私は一刻も早く行動を起こすために用意を急いだ。

スマートウォッチのタスク表に目的地を書き込むと、自動的に最適距離を割り出した。その間に自分の装備を見直すことにした。


そのメールが1年も前のものだとわからずに。



銃に弾が装填されていることを再度確認した私は家を出た。

鍵もしっかり閉めてキーバインダーにしまい込んだ。貴重な弾や、医療品があるからだ。


突如、自信を含め家ごと……いや周りの地域一帯を影が覆った。

驚いた私は悪いことに隠れることもせずに振り返り、その眼前に広がるなにかに目を奪われ、体の奥底の、心や思考のまだ深淵にある本能的な恐怖心を掻き立てられ、毛は逆立ち、1歩も動けなくなってしまった。


その何かは


大きく、あまりにも大きく


白く、または黒い身体をたなびかせ、硬質な体は布のように揺れているのである。


赤く、青い目をきらびやかに曇らせた顔を、大きな口が覆い、小さく佇む顔を紡いでいる。


見た目は山より大きいが、雰囲気はどんな細胞よりも小さく、そこにいるのが当たり前のような、しかしこの世には絶対いてはならない。


それは山よりも、何よりも大きい鯨だった。 宇宙をも飲み込むようなそんな大きさの、なにかはわからないが、わからないのだ。


「カーオン…。」


口をついて出た言葉は、ベトナムの言葉で鯨を示す言葉だった。

瞬きをした瞬間には消えたその何かを見た私の中に、雫のように滴る啓蒙が、知識の泉に波紋を作るようなイメージが湧いた。


しばらく動けなかった私は、今見た現実を凌駕した異常事態を、何とか反芻し飲み込もうとしていた。

様々な考えが浮かんでは消えていく。

それは恐怖として、または新たな知識を私に与えてくれて、蝕むと共に木を育てる。

そして世界は既に滅んでいる、もしくはそれに近い何かであることを認識した。

信じたくなかった事実を、ようやく飲み込んだと言った方が正しいか。


やがて地面に座り込んでいた私は、何かの生物の鳴き声を聞いて跳ね起きるように立ち上がり、銃を構えた。


喉が張り裂けそうな、苦しい叫び声。

人間には出せないような高音と低音が混じったホーミーよりも更に複雑な音程の音は体の震えを押え、明確な意志を灯してくれた。


そして漸く気づくのである。

目に見える一体が、苔むしまるで何年も放置されたかのような道路、半壊してしまっている家。

または全く新しい家に、貼り直した直後のタイル張りの道。


時間軸という中身が入った鍋を、かき混ぜたかのような、時間がごちゃ混ぜになった世界に、人と呼ばれる哺乳類がほとんど居ないことにようやく気づいた。

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