『生徒会長』
「この街で自分を取り戻した人っていないんだよね。少数の一般人は別だけどね」
幼馴染、いや、サクラが歩きながらそういった。
わたし、生徒会長も名前がない。そういう存在としてこの街で存在している。
運営の言う役割というものだ。
変な感覚だった。ベッドから起きた時、過去の記憶は無いのに、植え付けられた過去の記憶があった。
少しエッチで気が弱い後輩の男の子、ここぞという時はすごい力を発揮する小山内隆史と仲良しの生徒会長。
デスゲームというものが普通にある世界。だから配信されても身近な人が死んでもそれが普通だと思っていた。
役割を全うしないと殺される。それが常識だ。
だからサクラの言っている事が理解できなかった。
「わたしはね、壊れちゃった隆史を元に戻す。それが内海さんとの約束だから」
「しかし、それはルール違反なのではないか? 隆史には好感度を下げるイベントと運営からの指示以外は干渉してはいけないのではないか?」
隆史のデスゲーム前、好感度を上げるイベントには積極的に参加をするように運営から通知が来た。
デスゲーム後は隆史の精神を壊すような仕打ちをしろ、と通知が来た。
どちらも行動しなければ死んでしまう。隆史に『役割』という演技がバレたら死んでしまう。それがルールだ。
「あはは、生徒会長さんはそうだよね。モラルの設定が一番強いもんね。……あのね、無理しなくていいよ。多分死んじゃうから」
「あーしはパスね。聞かなかった事にするわよ」
「わ、わたしは……」
女友達の山田はそう言って聞こえてないフリをしていた。
後輩のミホ……、困った顔をしていた。違った、ミホという初めに適当につけたものだ。今の後輩の名前は剣桃子。
私も別に死にたくない。私にとって隆史はルールを守るための存在。好感度を上げるのも、下げるのも別にどうでもいい。
「隆史はこの街の一般人の主人公なんだよ。……多分、一生このまま絶望を抱えてゲームを続けていくんだ。隆史には自分の『役割』の存在を知ってもらいたい」
……違和感。幼馴染のサクラ。無機質な存在だったのにまるで普通の人間に見えてきた。何が彼女を変えさせたのだろうか?
「いや、それは無理ではないか? 今の隆史を見ろ。あれをどうこうできる力は私達にはない」
隆史は化け物だ。あのデスゲームをくぐり抜け、その後の地雷も見事に避けきった。
隆史の配信視聴率はおそらくトップクラスであろう。
異世界デスゲームからのデスゲーム後のシナリオ。
私達を見ている視聴者からの支持は熱い。
内海との悲劇のラブロマンスも要因の一つだ。
一般参加者に付け入る余地はない。
しかも運営側が隆史へ意図的に情報を流している。
「それにサクラは真っ先に隆史の殺されるぞ。内海を殺して愚弄して……、心を弄んで」
「うん、別に殺されても構わない。そんな事よりも隆史に思い出してもらいたい」
「何を思い出してもらいたいんだ?」
「……幼馴染なんて、いなかった事を」
やはり私にはわからない。そもそも作られた思い出に何も価値がない。
……価値、がない。本当にそうか? たった数日しか一緒にいなかったが、心が落ち着いた。記憶の改ざんが影響していると思ったが……何か違う。
「あ、あの!」
黙っていた後輩が挙手をする。
サクラが促す。
「あのね、わたしちょっと最近変なんだ。……役割だから隆史と接していたけど……、その、本当の先輩みたいに思えてきて……」
「それはただの植え付けられた感情だ」
私は自分に言い聞かせるように言う。
「ううん、違う。これはそんなものじゃないと思うの。なんか昔のこと思い出しそうで……。えっと、お兄ちゃんと二人で橋の下で野宿した場面が頭に浮かんで。そんな事したことなかったのに」
「サクラ」
「そういう時もあるでしょうね。私を含めほとんどの『役割』は昔の記憶なんて思い出せないけどね。うん、だから後輩ちゃんは人間味があるんだよ」
それは大問題ではないか? 運営に何を言われるかわかったものではない。記憶を書き換えられて違うゲームに投入されるのではないか?
サクラが心の中のわたしの質問に答えた。
「大丈夫、運営が後輩ちゃんに手を出すことはないよ。だって先輩からの好感度がこの中で一番高いと思う。ってことは悲劇が用意されてるよ」
好感度が高くても、好感度が低くても、悲劇が用意されている。
あらがっても抗えない私達。
こんな話をしている危険だとサクラも理解しているはずだ。
「サクラ、もうこの話はやめるんだ。私たちは役割に徹して大人しく人生から退場しよう」
長い沈黙だった。時間にしたら数秒なのに。
サクラは口角を上げていた。とても魅力的な表情は『役割』のワタシたちにはできない。
なのに――
「やだよ。私は欲張りだから全部全部全部どうにかするよ! 私達も死なないで、隆史も悲しまなくて、九頭龍さんたちも生き残って、みんなみんな幸せになる未来を作りたいんだよ!」
そんな事無理だ。不可能だ。サクラだって理解しているのに……。
「無理じゃないよ。だって考えてみてよ。一回戦で死ぬはずだった内海さんが最終戦まで生き残ったんだよ。それこそ奇跡だったんだよ」
「それは……隆史が」
「そう、隆史がいたから。隆史がいるんだよ! ……隆史とイチから友達になりたくないの?」
「すまない、運営が支配しているこの街でどうしろと?」
と、いきなりほっぺたに痛みを感じた。サクラが私に向かってビンタをした。
痛みはどうでもいい。頭が痺れるよな感覚に陥る。これはなんだ? 感情が揺さぶられているのか?
「バカ!! 諦めないでよ。自分を思い出してよ! 私達は『役割』なんかじゃない! 人間なのよ――』
頭が割れるように痛かった。自分がどこにいて何をしているのか理解できない。異常な感覚に陥る。
そして脳裏に浮かんだ光景――
知らない男の子と川で遊んでいる私、ほのかな恋心、両親の借金、売られた私。泣き叫ぶ知らない男の子。
『華子ちゃん! 絶対待ってて! 僕が、僕が必ず助けに行くから!!!!!!』
ふと、気がつくと私の瞳から一筋の涙が出ていた。
サクラが驚いた顔をしてハンカチで私の顔を触る。
「『華子』? それがわたしの名前?」
なんでこんな事思い出させたの? ただの『役割』だったら、悲しさも苦しさも罪悪感も何もかも感じなかったのに……。
初恋の男は隆史と雰囲気が似ていた。……まだ生きているのかな? 会えるかな? 死んじゃったかな?
「ばか、バカ、馬鹿! もう、やめてくれ……。わ、わたし、運営に殺されてしまう……」
「ううん、殺せない。だって、自我を取り戻したあなたは運営にとって最上級の餌だもん」
「あははっ……、なんなんだ、この世界は……」
その時、山田がぽつりと呟いた。
「デスゲームの絶望の日常じゃん。……はぁ、仕方ないわね。ほら、見てよこれ運営からの指示」
山田が見せてきたスマホには――
『第四回特別デスゲームの際に、ゲームマスター小山内隆史とデスゲームをしろ』
と書かれてあった。
「うんしょ!」
山田が躊躇なくスマホを大きく振りかぶって投げつけた。スマホは円を描いて田んぼに落ちてしまった。
「うわぁー、山田さんって強肩だね。昔は野球部だったかもね!」
そういいながらも桃子がスマホを田んぼに投げつける。
「ていうか、運営マジうぜー。まっ、私はあんたらと別行動するわ。えっと、サクラ、桃子、それから――華子だっけ? ふふ、なんか普通の人みたいじゃん。私も手伝うけど、全部自分のためなんだからね!」
山田が私のポケットからスマホを取り出す。そして私に手渡した。私はそれを見つめて……スマホを投げつけた。
「なるほど意外と気持ちいいな、これ。しかし山田のの演技じゃないツンデレか。新鮮だ。サクラ、それでこれからどうするんだ? もう運営は私達をバックアップしないだろ」
サクラもスマホを投げつけて私達に言った。
「これが私達にとって最後のデスゲームよ」
おい、質問の答えをちゃんと返せ。
そう思った私は、何故か笑っていた……。
こんな風に心から笑うのはいつぶりなのだろうか――
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