『幼馴染』


 ゲームマスター小山内隆史の宣告によると、明日デスゲームがアップデートされる。


 小山内隆史……、私の大事な『幼馴染』であり初恋の人という記憶。


 前回のデスゲームでは袂を分かれた。

 ……そうしないとみんな殺されていたからだ。


 この世界には色んな役割がある。私は隆史の幼馴染、それ以上を望んではいけなかったんだ。


 学校はいつも通りだった。

 仮面はカバンの中にしまい込んで私は普通に登校する。仮面を使うのは今日が最後の日。


「幼馴染ちゃん! おはよう! 昨日のゲームは大丈夫だった?」

「あっ、後輩ちゃんおはよ〜。うん、なんとか鬼に勝つことが出来たよ」


 まるでプログラムのように私の周りに人が集まる。

 生徒会長さんに女友達。


「幼馴染さん、今日もクレープ行くの? 私も行くぞ」

「あーー、ちょっと待つじゃん! 私も忘れないでよね!」


 生徒会長に女友達、陸上部の五十嵐さんはいなくなったけど、みんな隆史にとって大事な人。

 九頭竜さんもきっとこの中に入るんだろうな。あの子は今回の『ヒロイン』役。


 ふと、内海さんの事を思い出した。


『……絶対変だよね? 幼馴染さんって言うの。なんで名前で呼ばないの?』


 内海さん……、あなたがいたから私はここにいる。

 内海さんから教わった歌。うまく歌えないけど口笛を吹くのが好き。


「あれれ? 今日は大人しいね幼馴染ちゃん」

「そうだな。いつもはもっと騒がしいぞ」

「もしかしてあの日? あ、ごめんごめん」


 当たり障りの無い会話。あの地獄と比べれば天国みたいな時間。

 心からの笑顔を振りまいて、到底演技には見えない。


 この世界に日常はデスゲーム。

 変えたくても変えられない。それが私達の青春。

 恋も友情も全部デスゲームに利用される。



「『衛兵権限』により、この場で何を発言してもデスゲームとは関わりがない事を保証する」


 私がそう呟いた。


 三人の顔が青ざめた。何か問題を犯したのかと思っている。そんな事はない。三人ともうまく役割をこなしている。


「……あ、あの、幼馴染ちゃん。わたしたち、間違えちゃった? せ、先輩の好感度が上がっちゃった?」


「私はどんな事があろうと隆史の事を受け入れる。問題があるなら指示をくれ」


「た、隆史の事心配してるってバレてないよね? する寄ってる風に見えるよね?」


 デスゲームの後、隆史を糾弾した三人。いや、陸上部五十嵐も含めたら四人。

 五十嵐は私とは別のチームだから全く関係ない存在。

 ……厄介な相手が死んで良かった。あいつはジョーカみたいなものだ。盤上にいたらこっちが危なかった。


 三人は隆史がデスゲームで人を殺したとしても糾弾するわけない。隆史の事が心配で眠れない夜をずっと過ごしていたんだから。

 隆史が勝利者になった時、一番喜んでいたのは三人と……私だ。


 この世界にはデスゲームが溢れかえっている。

 孤島で行われた異世界デスゲーム、その裏では別にデスゲームがそこかしこで開催されていた。


「本当に大丈夫。久しぶりにね、普通に話したいなって思ってね。……今日、デスゲームがアップデートされるんだよ」


 三人は私の言葉を聞く。

 空気が張り詰めている。そんなつもりはないのに。


 後輩ちゃんが恐る恐る手を挙げる。


「は、はい。あの、役割を全うすれば先輩が死なないって本当ですか? あ、あのデスゲームを見てると怖くて……」


「うん、ていうか後輩ちゃんも私達もみんな記憶消されちゃってるもんね。いきなり知らない先輩と仲良くしろっていわれて驚いたでしょ」


「や、べ、別に……。隆史先輩は、嫌じゃなかったもん……」


 この世界では日常茶飯事。記憶の抹消、記憶のすり替えなんて。

 後輩ちゃんの役割は後輩。これは運営から与えられた役職。逆らえば必ず死ぬ。

 私は幼馴染という役割。


「私も記憶なんてごちゃごちゃだけど、隆史は嫌いじゃないよ、どんな扱いを受けようともさ」


 女友達は不倫をしていた。だけど、それが事実かわからない。与えられた記憶と役割を全うしている。


「そうだな、相澤なんかよりも隆史は素晴らしい男だ。……私の場合はほんの数日しか付き合いがないがな」


 生徒会長は途中から補充された要因。生徒会長の過去は本人も知らない。知ろうともしない。ただ、みんなの生徒会長として存在している。

 みんなの記憶に生徒会長という登場人物が植え付けられていた。

 夜に行われるアップデート。

 ……次の日、起きたら自分が自分じゃなくなる恐怖。


「みんな隆史の事大好きだね」


「え? 幼馴染さんほどじゃないよ……」

「うん……、私なら無理だもん」

「何か大事な話があるんだろ? 言える事なら言ってくれ」


 また内海さんの事を思い出しちゃう。

 まっさらなあの子。私はあの子の事が羨ましかった。

 でも、隆史には幸せになってほしかった。


『存在』がない私といても幸せになれない。


 長い年月をかけたデスゲーム。

 作られた愛情と関係、それがゲームをより面白くする。

 そのために私たちは存在した。


『そんな事ない!! 幼馴染ちゃん、本当の名前教えてよ。絶対おかしいよ! みんなで一緒に生き残ろうよ!!』


 内海さんの言葉を思い出した。あの子はいつも必死だった。純粋な存在は隆史とのロマンスを育むのにはぴったりだった。


『そんなの辛いよ……。嫌われるのは苦しいでしょ……。隆史が死んじゃうからって……』


 私はどこかで隆史を裏切らなければならなかった。最悪のタイミングで最悪の感情を植え付けて。

 絶望が物語をより一層加速させ、深みをみせる。


 運営は本当に悪趣味だ。

 これを見ている全国の奴らは地獄に落ちればいい。


「私の名前はなかったんだ。……でもね、名前をつけてくれた人がいるんだ」


 幼馴染さん、幼馴染、幼馴染ちゃん――

 大嫌いな呼ばれ方。

 それでも――、隆史が呼んでくれた時だけは違った。


 内海さんに名付けられた私の名前。


「桜って名前なんだ。桜の時期に生まれた設定で、ピンク色が似合うからって」


 そんな内海さんを殺すように仕向けたのは私の作戦だ。あのゲームの私だけの課題、内海さんの死。

 内海さんを殺さなければ隆史が死ぬ予定だった。


 ゲームの前の日、こっそり内海さんと会って話した。内海さんを殺さないと隆史が死ぬってことを。


『……そっか、うん、隆史が生きるならそれでいいよ』

『でも内海さん死んじゃうんだよ』

『バカッ、さくら泣いてるんじゃないわよ! あんた冷酷非道の幼馴染ちゃんでしょ!』

『や、やめてよ……。殺したくないよ』


 あの時内海さんは私を抱きしめてくれた。


『大丈夫、あんたがいるから隆史は大丈夫よ。……約束してくれる? 隆史が勝利者になっておかしくなっちゃったらサクラが止めてね』

『ひぐ……、内海さん……、や、約束、するよ……』

『泣き虫ね。あっ、そうだ、歌を教えてあげる! この歌を歌うと元気になるんだよ!』


 私達は抱き合いながら……時間が許す限り歌を歌ったんだ……。


 自分が死んでもいいから内海さんを助けようとしたのに――、


『バイバイ、サクラちゃん、隆史の事よろしくね!』


 私は助ける事が出来なかった……。







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