『後輩』

 剣桃子。


 スマホは必要ない。監視されるだけのアイテムだもん。

 私の胸がドキドキしていた。自我を取り戻す。自分の存在について一度疑問に思ったら加速が止まらなかった。


 まとわりついていた気持ち悪い膜が消えて、新しい自分になれた気分。……それと同時に運営に逆らったという恐怖心が心の奥底にある。


「んっ! 大丈夫、だって私は先輩の本当の後輩だもん!」


 教室の自分の席で独り言を言う。クラスメイトが周りにいるのに誰も気にしていない。

 昨日まで私に話しかけてきたクラスメイトは誰もいない。

 存在が抹消された感じ。


 今まで漠然と過ごしていた学校生活。頭がクリアになったもんね! 


 私はサクラの言葉を思い出す。


『隆史の役割は悲劇のヒーロー。運営に復讐するために動いているという設定。……隆史が得た情報は全部運営が頭に叩き込んだもの』


 相澤と先輩とのデスゲーム、私はゲームの補助をするように言われた。

 逆らったら死刑だもんね。


『異世界デスゲームを開始するまでは隆史はモブだった。だけど、デスゲームを生き残る才能が開花されて役割が更新された』


 この街の色んな場所で開催されているデスゲーム。配信チャンネルで一番人気は大規模デスゲームだった。


 隆史はそこで一番人気の役割となった。


『隆史が運営に復讐出来たとしても、それは役割としての運営……、惨劇は何度でも繰り返されるよ。だから、隆史が自我を取り戻して本当の敵を思い出して貰わないと』


 私は馬鹿だからよくわからない事があった。

 だって隆史が自我を取り戻したとしてもこの世界が変わる訳では無い。

 そのまま運営にみんな殺されちゃって、何も変わらない世界が続く。


『ううん、桃子ちゃん、違うんだ。隆史と内海さんは……。うん、その時が来ればわかるよ』


『えっと、結局私達はどうすればいいの?』


『……私達が死なないためには運営の言う通りにデスゲームをしなければいけない、じゃないとすぐに殺されちゃう』


 結局自我を取り戻したとしてもそういう事だもんね。運営に逆らったら死ぬ。今は悲劇の駒として放って置かれてるけどさ。


『桃子ちゃん、隆史が過ごした本当の記憶だけを思い出させて』


 私は一人ため息を吐く。

 正直よくわからない。他人の力で隆史先輩の過去を思い出させる事なんて不可能だ。


「どうしよっかなー、山田さんみたいに適当に逃げよっかな……。先輩と話すためにはデスゲームしなきゃいけないのか……、やりたくないけど今も配信されてるんだよね」


 そもそも私は後輩という役割を与えられた存在。さっき偶然自分の過去を思い出して自我を取り戻しただけ。そこに法則性は感じない。


 この自我だって今日が終われば運営によって新しい記憶を植え付けられるかもしれない。そうなれば私は先輩の後輩じゃない。ただの赤の他人だ。


 ――その時、脳裏に過去の思い出が駆け巡る。


 お兄ちゃんが私に笑ってくれていた。一切れのパンを分け合って二人で肩を寄せ合って食べている。

 お兄ちゃんは優しくてたくましくて……、なのに殺されちゃったんだ。


 一番初めのデスゲーム。私とお兄ちゃんが生き残りをかけた勝負。

 お兄ちゃんはわざと負けてくれた。あの時のお兄ちゃんの表情は穏やかだった。


『桃子、もう俺に頼るなよ。……カッコいい彼氏作って幸せに生きてくれよ』


 そういいながら崖から落ちたんだ。



 私は机を強く叩いた。

 周りの生徒がびっくりした表情で私を見る。


 ……剣桃子、そうだよ。忘れちゃ駄目な事は沢山あったじゃん。先輩の彼女にはなれないけど――、可愛い後輩だもん。


 お兄ちゃんを殺させた運営は絶対許さない――


 HRのチャイムが鳴る。長い長いチャイム。これはデスゲームの始まりだ。


『――――ゲームをしよう』


 先輩の冷たい声が教室に響く。

 運営にはもう負けない。感情がなかった私の心が熱く燃え上がる。


 と、その時教室に担任の先生が入ってきた。


「はははっ、新しいゲームが始まるようだな。よし、先生からもゲームの提案をしよう。……このクラスの生徒が剣桃子を殺したらボーナスポイントを得られるように掛け合おう。さあ、開始だ!」


 教室のざわめき、思考が加速する。

 懐に隠し持っていた私の銃。


「んだ、銃が使えねえよ!? ジャムったぞ」

「暴発したぞ! 多分全部細工されてっぞ。しかたねえ、他の武器を使え」

「あいつの役割は大したことねえ。『衛兵』でもねえ雑魚だ。殺してデスゲームを勝ち抜くぞ!』

「あがっ!?」


 私は先輩のために昨日まで仲良しだったクラスメイトに向かって弾丸を放った――






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