感想を望む女



「なんで昨日は学校に来なかったの?」


 ふと、俺はなんで学校に通っているんだろうと思った。この世界は狂っている。デスゲームを認知している人は大勢いるのにみんな黙認している。

 被害者を助けると言って金をだまし取る悪人もいる。


「あなた聞いてるの? 先生が死んだ次の日に学校を休むなんて」


 登校中の俺の隣を歩いているのは九頭龍玲香。俺とは違うデスゲームで生き残ったヤツだ。

 この女は何を考えているかまだわからない。本人は運営に復讐をしたいと言っているが……


「お前には関係ない」

「そんな事ないわよ。あなたと私は同じ境遇よ。……もしかしたら私だって力になれるかも」

「…………」


 九頭龍は俺が無視しても付いてくる。今日の九頭龍は髪型を変えてメガネを止めてコンタクトをしていた。普通の人から見たらとても可愛く見えるだろう。俺にとってどうでもいいことだ。

 現に登校中の生徒たちが九頭龍の変わりようを見て噂していた。


「教室の雰囲気は変わったか?」

「え? あっ、少し暗かったけど普段どおりと言えば普段どおりだった。あと、山田さんは学校に来てなかった」


 山田は担任の柳瀬と不倫をしていた。柳瀬が妻と別れて一緒になってくれると信じていたんだろう。……柳瀬には五人の愛人がいた。あいつは全員に同じ事を言っておきながら妻と子供を一番愛していたようだ。


「そうか」


「……放課後に話をするって言ってたのにいなくなるし。今日は話できるの?」

「今日の放課後、中庭で待ってる」


 それっきり俺達の会話は無くなった。

 周りには生徒たちが大勢いる。どこで聞かれているかわからない。それに相澤みたいに運営側の人間が潜んでいるだろう。







 何事もなく授業が進む。教室の雰囲気は暗いが休憩時間生徒たちはザワザワと友達同士で集まっていた。


 山田は今日も休んでいる。俺にはもう関係ない事だ。

 それにしても九頭龍の周りに生徒たちが集まっているのは驚くべき事であった。

 容姿が変わるだけであんなにも変化が訪れるのか。

 中身は前と変わっていないはずだ。そもそも顔立ちも元々整っていたはずだ。


 柳瀬が死んだ時、銃弾は俺の真後ろから飛んできた。

 とっさのことで誰が打ったか認識できなかった。……後ろの席の方にいる九頭龍の可能性もある。

 あいつが本当に味方かどうかわからない。


 ……この世の中はデスゲームと一緒だ。

 信じていた人が突然裏切る。心を傷めず平然と悪事をやってのける。


 デスゲームで知り合った同年代の男がいた。

 人当たりが良くて誰からも信頼され、グループのリーダー格として大人と一緒に俺たちを先導してくれた男。哲朗という男だ。


 そいつは結局俺たちを裏切った。そして、幼馴染もそいつの元へと走った。


 ゲームが終わってから気がついた。

 哲朗はそもそもゲームを経験している風であった。始めから落ち着いた態度を崩さず、むしろゲームを楽しんでいた。経験者であったのかも知れない。何度も殺したと思ったのに、あいつは生きて俺たちの前に立ちはだかった。幼馴染とは違う意味で最悪の敵であった。


 もしも幼馴染が生きているなら……、哲朗が生きていてもおかしくない。

 最後のゲームの時、致命傷を負った大人が俺を守るために哲朗と一緒に崖から落ちた。

 死んだのを確認していない。


 俺は目を閉じてゲームで起きた出来事を振り払う。あの思い出は俺の復讐の糧になる。だが、感傷に浸るな。情があればあるほど運営につけこまれる。


「ねえ、体調悪いの? 顔色悪いよ」


 九頭龍が音もなく俺に近寄っていた。まったく気が付かなかった。ナイフを持っていたら殺されていたな。


「大丈夫だ。お前は教室で俺に話しかけていいのか?」


 この教室には運営側の人間が絶対いる。候補の人間は二人だ。もう少し確証を得てから接触するつもりであった。


「別にクラスメイトだから構わない。……ねえ、この本読んだ事ある? 面白いからおすすめする」


「本は読まない……」


「じゃあ家で何してるの? 前は漫画とかゲームが好きだったイメージ」


「前は前だ。今の俺に話しかけると友達できないぞ」


 なんでこいつは普通に話しかけてくる?

 確かに俺は昔はゲームも漫画も好きだった。小説も読んでいた。


 クラスメイトが俺たちのやり取りを遠巻きで見ている。


「読んで感想聞かせて。……お願い」


 俺はため息を吐きながらも本を受け取る。俗に言うラノベと言われるものであった。

 九頭龍は満足したのか俺から離れる。他のクラスメイトからは心配の声をかけられていた。


 ……学校をやり過ごすために読んでも構わないか。






 放課後になり俺は席を立った。

 また九頭龍が音も無く俺の横にいた。


「一緒にいこ」


 拒む理由もない。俺は無言のまま教室を出た。


「……本読んでくれた?」

「少しだけ」

「感想は?」

「全部読んでからだ」


 思いの外面白い本であったので、俺は授業中も構わず本を読みふけっていた。残り半分の分量しか残っていない。

 九頭龍は教室の後ろに席があるから知っているはずだ。


 ふと、日常を感じてしまった。デスゲーム以前は俺の周りには沢山の友達がいた。

 幼馴染、後輩、生徒会長、陸上部の女、幼馴染の友達――


 あの時の感覚をほんの少しだけ思い出しそうになった。


 俺の隣に立っている九頭龍は無表情であった。何を考えているかわからない。

 だが、俺が本を読んだといった時、少しだけ笑顔が見えた。普通の女子高生のようであった。

 こいつは再びあのデスゲームに参加する。あの地獄に戻るんだ。

 生き残る可能性なんてほとんどゼロに等しいだろう。


 廊下を歩きながら九頭龍がつぶやく。


「……せっかくなら学校生活を楽しんでみたいな、って思っただけ。……私、実は虐められていたし」


 九頭龍の声は掠れていた。こいつがどんな学校生活を送っていたか知らない。俺とまったく違う立ち位置にいた。


「今でもイジメられるのか?」


「トイレで殴られる程度。大したことない。それにイジメてた主犯の山田さんは学校来なくなったから」


 なるほど、山田なら陰で何をしてもおかしくない。


「やり返そうと思わなかったのか?」


 俺はこんな話を広げるつもりはない。口が勝手に滑っただけだ。

 九頭龍は会話を続ける俺に驚いた様子であった。


「どうでも良かったから。……私の目的は運営にぎゃふんと言わす事。復讐したいけど、そんな力もないから」


「ぎゃふん……、あまり聞かない言葉だ。まあいい。中庭でこの前の話の続きをしよう」


 そうだ、俺と九頭龍は友達でもなんでもない。

 こいつがデスゲームの情報を持っているから付き合っているだけだ。

 用が済んだら関わるつもりもない……。




 中庭に着いた俺たちはベンチに座った。傍から見たら仲の良い友だちのようだ。自嘲したくなる。

 九頭龍は何も言わずに俺にスマホを見せてきた。

 スマホの画面には小さな犬の姿が映し出されていた。


「私のわんこの玉三郎っていうんだ。私は友達がいなかったけど、玉三郎がいたから虐められても大丈夫だった。……わたしたちのゲームは建物の中で行われたの。玉三郎も一緒に攫われて……それで、私は……生き残るために……玉三郎を」


「感情を排除して話の道筋をつけろ。客観性は大事だ。無駄な情報は死に直結する」


 多分冷たい声だっただろう。

 だが、俺にはこいつの感情を受け止める必要も義理もない。

 起こった事は変えられない。


 俺とこいつは友達でもない。なる必要もない。


「……うん、そうだね。それでも少しすっきりした。ありがと」

「ありがとう、だと?」


 まさか感謝されるとは思わなかった。

 ……調子が狂う。



 ――だから、今は俺たちのそばに誰も来ないで欲しかった。

 九頭龍といると普通の学校生活を何故か思い出してしまう。

 心がほんの少しだけ乱れそうになる。


 随分前から俺たちを見ている視線を感じていた。デスゲームで最強の裏切り者であったみなみちゃん。その従姉妹であり、陸上部員である五十嵐。



「……隆史君、そんなブス陰キャと話してちゃダメだよ。ねえ、朝練来ないの? 私ずっと待っているんだからね?」


 九頭龍は五十嵐を見て身体をビクつかせていた。これは日常的に暴力を振るわれていた者の特徴だ。顔が青ざめいている。なるほど、イジメっていうのは心に傷を負わすんだな。


 この女は相澤がいなくなっても変わらないのか?


「ねえ、私も混ぜてほしいな」


 そう言いながら俺たちに近寄ってきた。



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