生きろ


 この中庭で相澤は死んだ。

 学校で騒ぎになっていない。死体は運営側が処理をしたんだろう。

 そんな中庭で俺と九頭龍は陸上部の五十嵐と向かい合っている。


 放課後の中庭は校庭で運動している部活の音が聞こえてくる。バットの音や生徒たちの掛け声。俺にとって遠い昔のように感じられた。


「話すことはない」


 五十嵐の従姉妹、みなみ。

 俺の仲間であった時のみなみは感情が欠落していた。人を殺すことにためらいもなかった。

 現実の生活よりもデスゲームの生活が楽しいと言っていた。

 子供という見た目と立場を利用して大人たちをいとも簡単に殺した。


 そんなみなみに従姉妹がいることは聞いていた。家族から虐待を受けていたみなみは従姉妹のお姉ちゃんという存在だけが唯一の救いと言っていた。


 隣にいる九頭竜は自分の身体の震えを抑えようとしている。

 そうだ、感情に流されるな。お前らにどんな事があったか興味もない。

 お前の敵なら弱みを見せるな。


 五十嵐は俺たちの目の前で立っている。手を伸ばせば届く距離だ。

 五十嵐はポケットから何かを取り出す。

 それは見覚えがある小さなぬいぐるみであった。

 みなみがランドセルに付けていたものであった……。


「ねえこれに見覚えがあるでしょ? みなみちゃんの両親にお願いして譲ってもらったんだ」


 五十嵐の瞳にブレが無かった。嘘を言っていない。感情が見えない。

 こいつはこんなヤツだったか? 俺がいなくなって相澤に心を傾けていた人間だ。

 ……生徒会長とは何か違う。


 俺が黙っていると五十嵐は話を続ける。


「みなみちゃんはね、とっても可愛かったんだ。私の言うことなんでも聞いてくれてさ。すっごくストレス解消になったんだよ。そこにいる雌豚は素直じゃないから山田に任せてたけどね」


 九頭龍が震えながら俺の制服の袖を掴む。


「お前が九頭竜をイジメていたのか」


「イジメってほどじゃないよ。遊んでただけよ。トイレの水で綺麗にしてあげたりね」


 俺は九頭竜の手を静かに振り払った。俺たちは友達でもない。学校にいざこざなんて俺には関係ない。何か音が聞こえた。ただの俺の歯ぎしりであった。なんてことはない。


「俺には関係ない話だ。九頭龍と話すなら俺は帰る」


 五十嵐は首を横に振って否定をした。


「隆史君も関係あるよ。だってさ、本当の味方は私だもん。デスゲームの生き残りっていうのは私の事よ。そこにいる九頭竜じゃないわ」




 思考を止めると死が訪れる。

 こんなくだらない駆け引きはあのゲームで何回繰り返した? ここは現実に見えて現実じゃない。

 あのデスゲームの延長だ。くだらない学生生活を過ごす事なんて起こらない。


「違う。あなたはデスゲームなんて経験していない。私は幹部救済措置で――」

「私は生き残ったって言ったでしょ。みなみちゃんと同じくらいの年に攫われたのよ。みなみちゃんはゲームでヤバかったでしょ? あれ、私が全部教えたんだから」


「でも――」


 俺にとって誰がゲームの生き残りだなんて些細な問題だ。

 だからこのやり取りはさっきと何も変わらない。


「俺には関係ない」


「まってよ、隆史君。勝利者同士で生き残った事を祝おうよ。……そりゃみなみちゃんを殺しちゃったことは悲しいけど、過ぎた事だもん」


「お前は俺を軽蔑していたんじゃないのか?」


「あれは演技だよ。他の子と歩調を合わせないと女子の世界は色々面倒だからね」


 俺の隣にいる九頭竜の身体の震えが止まった。


「私は……半分だけ嘘をついた。……小山内君、本当の事を言うね」



「あれでしょ? あんたの大事な親友の雌豚とペットをゲームに放り込んだからでしょ? 確かあんたの時は選択制だっけ? 大事な人を自分の代わりにゲームに送るやつ」


「なんで、それを……」


 五十嵐は口角を上げながら話を続ける。俺の知っている五十嵐じゃない。

 俺と五十嵐の記憶は全て演技だったのか……?

 九頭竜の顔から罪悪感が滲み出ていた。


「犬っころは大活躍だったね! ははっ、あいつ将校のお気に入りになって生き残ってるよ。あんたの親友は無惨に死んだのにね」


「――っ! ……やめて。それ以上言わないで」


「あんた私に逆らうの? まあどうでもいいや。だって、あんた、本当に次のデスゲームの参加者だし」


「…………えっ? わ、わたしが……」


 その時、初めて九頭竜から感情というものを感じられた。

 恐怖だ。九頭龍は嘘を付いていた。親友とやらの敵討ちで運営に復讐をしたい、それは嘘じゃない。デスゲームを経験したことがなかったんだ。

 ただ冷静を装って俺と接触して、俺を利用して復讐しようとしていた。

 ……別に悪いことではない。力が無いものなりの戦い方がある。


 だが、この五十嵐は――

 あのみなみと成長させたような最悪の女であった。


『ねえお兄ちゃん、あの子ばっかり贔屓してずるいよ』

『ごめんね、お兄ちゃん。あの子殺しちゃった』


 ……この女は情報を持っている。勝利者かどうか判断できないが、運営に近い存在だ。

 俺がこの女を懐柔できれば運営に一歩近づく。


「で、隆史君。私を仲間にしない? 今なら朝練もついてくるよ! ねえ、あの時みたいに一緒に走ろうよ」


 あの黒男の相澤でさえ五十嵐の正体を知らないでいた。

 五十嵐は俺に向かって手をのばす。

 今度こそ猛獣を飼いならせばいい。みなみの時は裏切られて失敗した。

 あの時の俺じゃない。





 俺は立ち上がり、五十嵐に向けた手を――


 九頭竜の制服を掴んで引き倒した。九頭龍はわけも分からず地面へぶつかる。


 ポスンという音が五十嵐の手から聞こえた。

 九頭龍がいたベンチには小さな穴が空いていた。


「うわ、すごいね。やっぱり隆史君は優しいんだね? だってこんな雌豚を助ける必要なんてないのに」


 小さな拳銃を手のひらでくるくると弄ぶ五十嵐。

 九頭龍は小さな悲鳴をあげて腰を抜かしていた。


「別に助けたわけじゃない。お前の目的なんだ? こいつを殺しても無意味だろ」


「うん、ただの趣味だよ。私はただ楽しみたいだけ。次のデスゲームも参加する予定だよ。えへへ、雌豚はなぶり殺しにするよ。だって嘘つきだもんね。私嘘つきは大嫌いなの」


「結局お前は俺と何がしたいんだ?」


 俺はもう一度五十嵐に問う。こいつは俺の身体能力を知っているはずだ。俺が持っているナイフの射程距離ということを理解しているだろう。

 それなのに余裕の表情だ。


「うんとね、運営もデスゲームも私にとってどうでもいいの。ただ、ゲームを楽しみたいだけ。あの時の興奮が忘れられないのよね……。あっ、そうだ、隆史君はこの雌豚が大切だよね」


「別にこいつが死んだってどうでもいい」


「うーん、隆史君はまだ壊れてないから嘘付かないほうがいいよ。……あと、内海さん」


 ドクンと跳ね上がる心臓を心の中で抑える。こいつはなんて言った? 内海だと?

 平静を保つために心の心臓がズキズキと痛む。


「……のお母さんと仲良しだよね? ねえ、雌豚とお母さんどっちを殺してもいい? 私はね、隆史君とゲームがしたいの」


「別にどちらが死んでも俺には関係ない。好きにしろ」


 俺には関係ない。何故かポケットに入れてある内海のリボンが熱く感じられた。

 俺は情を捨てた。運営に復讐する以外はどうだっていいんだ。


「じゃあ、このゲームは嘘を付いたら負けのゲームです! パンパカパーン! 私は最近隆史君と仲良くなった人を殺します! 隆史君はさっき、殺されてもどうでもいいって言ってたよね? なら、私が今ここで雌豚を殺しても大丈夫だもんね!」


 床に這いつくばっている九頭龍が震えている。俺たちのやり取りが異常に感じられるだろう。俺にとっては懐かしい空気感だ。


「隆史君が嘘ついてなかったら運営の超重要な情報をあげるね! じゃあ5秒後にスタート! ――いっちっ!」


 九頭竜が諦めたような顔をしていた。こいつは大した情報を持っていない。俺を利用しようとした女だ。


 ……俺は二度と間違わない。


「――――よんっ!! ごっ……!? 」



 見捨てるつもりであった。どうでもいい存在なはずであった。


 五十嵐の右手が地面にポトリと落ちる。ナイフで切られた断面から血が吹き出す。


「あ、あははっ、う、嘘ついたね! た、隆史君の負けだよ!! もう私は情報を教えてあげないもん。雌豚もお母さんも絶対大事な人なんだね!! そんなんじゃこんな世界で生きていけないよ!!!」


 こいつを今ここで殺さないと後悔する。みなみ以上の化け物は手に負えない。

 五十嵐は血が吹き出しているのも構わず、左手でポケットから拳銃を取り出して九頭竜に銃口を向けた。


 俺のナイフが喉に刺さっているのに、だ――


 銃撃が九頭竜の胸に突き刺さる。

 五十嵐はごぼごぼと笑いながら地面に倒れ落ちた……。









「おい、しっかりしろ。急所は外れてるぞ!!! しっかりしろ……頼む」


 俺は何を言っているんだ? 感情を出さないんじゃないのか?

 言葉が勝手に出てくる。


「お、さない、君……」

「喋るな。処置をしたら助かる。お願いだから安静にしろ!!!」


 俺は泣いているのか? こんな出会って数日のヤツのために? 

 そんな必要ない。俺には情なんていらない――

 こんな事何度も繰り返した、慣れているはずなんだ!


「……ありが、と。……たのし、かった、よ。と、もだち、みたい、になれて……」


 こいつは生きる気力をなくしている。生き残ったとしてもデスゲームが待っている。

 だが、そんなものはどうだっていい。





「――――感想、まだ、言えてないだろ……、だから生きろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




 九頭龍は微笑みながら目を閉じた。俺は九頭龍を抱えあげ静かに走り出す。

 なんで誰も救急車を呼ばないんだ! なんで誰もこっちを見ようとしないんだ!

 なんで……、俺は……一人ぼっちで戦っているんだ……。


 情なんて捨てれば――

 その時、ふとリボンから熱を感じられた。

 内海の言葉が脳裏によぎる。


『隆史は優しすぎるのよ。私が守ってあげるわよ。か、勘違いしないでよね!?』


 俺は、優しくなんてないよ、内海……。

   

 内海の好きだった歌が頭の中で何度もループしていた――





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