妹とお姉ちゃん


 両親は優しかった。

 それは一部分の記憶。近所の通報で児童相談所の人間が何度も来た。

 俺は殴られた痣を隠して何度も追い払った。

 俺に悪い所があるから両親はしつけをする。だから優しくしている時は自分が正しい行動をしている時だと思っていた。


 タブレットのディスプレイに映し出される両親。

 人間の本性が剥き出しになっている。


 薄暗い物陰から将校らしき人間が両親に近づく。手にはバットを持っていた。

 周りの生徒たちはその光景を見て息を飲む。

 若干名の生徒だけが冷静に画面を見ている。その中には九頭龍も含まれていた。


 先生が俺を見てにやにやと笑っている。


「どうした小山内? 今は授業中だぞ。大人しく座って見てろよ。お前もあんな大人になりたくないだろ?」


 俺はポケットに手を突っ込んだ。ナイフが俺にとって安らぎを与えてくれる。

 九頭竜から心配そうな視線を感じるがどうでもいい。

 今朝あっただけの男だぞ? それだけで絆されたらこんな世界は生きていけない。




 ここはもう日常じゃない。俺にとってデスゲーム後の内海がいない絶望の世界なんだ。




 俺は呟く。


「可能性の一つとして誰にでもありえる。正直どうでもいい授業だ」


 そうだ、可能性の一つとして頭の片隅で想像していた。だから両親が死のうが生きていようがどうでもいい。あれはもう俺の親じゃない。


「うーん、そんな事を言ったら先生悲しいな〜。もしもこの人たちが君のご両親だったらどうするんだ?」


 画面では将校がバットを振りかぶっていた。弱い打撃音がきっちり十秒間隔で聞こえてくる。両親の悲鳴が教室に響く。


「仮定の話なんてどうでもいい。俺はお前が気に食わないだけだ」


 とある大人が言っていた。全体を把握しろ。空間を認識しろ。人の視線の動きを観察しろ。人の癖を覚えろ。

 この世界に不思議な力を持つ人間なんていない。魔法みたいに不思議な現象なんて起こらない。全て理由と必然がある。


 タブレットを空虚な心で見ながら喋り始めた。




「柳瀬徹、34歳、結婚十年目、8歳と10歳の娘が近所の小学校に通っている。娘たちはスマホが欲しいけどあんたが許可しない。妻は大学の同級生、ショッピングモール内のスーパーでパートをしている。特に喧嘩もせず一見仲の良い夫婦に見える、が」



 教室の空気が変質した。先生の空気が変わった。ヘラヘラした笑い顔をやめた。


 タブレットでは段々と両親の悲鳴の質が変わってきた。

 死の恐怖から死の懇願へと変わっていった。


『や、やめてくれ……、がふっ……、い、痛くねえけど、気が狂いそうに――』

『いや……、もう、ぎゃっ!? な、なんで殺してくれないの!? ぎゃっ……』


 普通の人から見たらまさに拷問と言っても差し支えがないだろう。俺は特に気にせず喋り続ける。



「DV気質のお前には愛人が複数いる。年代は様々だが――」


「や、やめてーー!!!」


 教室から悲鳴が聞こえてきた。悲鳴の元は見なくてもわかる。

 よく知った声だからだ。

 俺は気にせず続ける。


「このクラスの山田が一番のお気に入りでかなりの金を貢いでいる」


「隆史!! 嘘はやめてよ!!! わ、私はそんな……、あっ」


 俺は少し驚いた。この女は自分のミスを一瞬で気がついた。


「ゲームはお前の負けだ。後輩もお前も喋ったしな。まあそんな遊びはどうでもいい」


 愛人と言われた時よりも憎しみの視線が俺を貫く。

 女友達の山田は足で机を何度も蹴って苛立ちをぶつける。

 これがこの女の本性だ。


 俺は気にせず続ける。


「娘二人はいつも同じ公園で遊んでいる。ゲームが欲しくても買ってもらえないから近所の誰かから借りて遊んでいる。――どうやら二人はその誰かを信用しているようだ」


 そこで初めて先生が反応を見せた。


「おい、お前まさか」


「スーパーで働いている妻は同じ時間に惣菜売り場に来る誰かと楽しそうに喋る。ご飯に誘われたが一度は断った。二度目はファミレスでごちそうになった」


「おいっ、なんではっきり言わないんだ! お前の両親が死んでもいいのか!!!」


 口元に泡を出しながら俺に怒鳴りつける柳瀬徹。




「もう死んでるだろ。お前がバットで殺した。過去の映像だからどうでもいい。そうだ、お前は俺の両親を殺したから、俺もお前の家族を殺しても構わないか。そうだろ?」



 柳瀬は身体を震わせて動かない。額には脂汗が流れていた。


 あの映像の将校は柳瀬だ。だが、あの服は本物の将校の服ではない。

 運営側だと確信しているがせいぜい幹部候補程度だろう。

 俺は怪しい人間を全て調べ上げた。どんな手を使っても運営の弱い部分を見つけるために。

 本物の将校はあんなちゃちな殺しをしない。

 目の前にいるだけで心を恐怖で震える。



 教室は静まり返っていた。

 そんな中、九頭竜だけが俺を強い視線で見ていた。どうでもいい。


 俺は教壇へと一歩近づく。


「さあ、先生。俺がお前の家族を殺していいのか? 子供だから殺さないと思うか? 俺はあのゲームで何人の女子供を殺した? 数え切れないだろ……」


 自分自身の言葉によって胸が痛む。

 痛みを無視して俺はポケットに手を突っ込んだまま、柳瀬へと迫る。

 柳瀬は黒板へと後退る。

 その顔は恐怖で染まっていた。


「家族が殺されたくなかったらお前の行動の目的と――――」


 俺はそこで言葉を止めてしまった。

 全体を俯瞰する。それは全身で空間を認識することだ。


 自分の頭をほんの少しだけ横にずらした。

 その瞬間、柳瀬の額に小さな穴が空いた。


 穴から血が吹き出す。教室からは悲鳴が上がる。

 俺は振り返り教室を見渡した。

 山田が倒れた柳瀬に向かって走り寄る。

 山田は柳瀬の死体の隣に座り込んで泣き叫ぶ。


「と、徹ちゃん!! い、いや、死んじゃイヤよ!! 奥さんと別れて私と一緒になるっていったじゃん!! 徹ちゃん、徹ちゃん!!! あ、あんたが殺したの!? あんたのせいよ!! あんたが生きて帰ってこなければ――」




「邪魔だ」




 俺は山田の襟首を掴んだ。

 死んだ柳瀬の身体を調べる必要がある。こいつは情報の宝庫だ。


 俺は泣き叫んでいる山田を放り投げて作業を開始した――








 ***************







 私たちは家に帰りたくなかった。

 いつも妹と二人で公園で時間を潰す。

 そうしないと心が持たないから。だってお家に帰ると痛いんだもん。


 昨日お兄ちゃんと会ったときに、もう逢えないって言われた。

 最後に両手一杯のお菓子と高価なゲーム機と、困った時に開けろって言われた大きな袋をプレゼントされた。

 私たちは嬉しいのに、泣くことしか出来なかった。

 ゲームよりもお兄ちゃんとずっと一緒にいたかった。


 お兄ちゃんはぶっきらぼうだけど、たまに見せる笑顔がとても素敵だった。

 泣いてるような笑顔。

 すごく心が落ち着く。お兄ちゃんは私達にとって勇気をくれた大事な人。


 お兄ちゃんがいなかったら私達は死んでもいいと思った。


 お兄ちゃんに逢いたいって言ってグズる妹。泣かなくなっただけ強くなった。


「大丈夫!! お兄ちゃん言ってたでしょ? 辛くても笑っていると良いことが起こるって」

「う、うん、そうだよね。でもお兄ちゃんって笑いながら泣いてるよね」

「あははっ、よく泣いてるよね。だから私達が大きくなってお兄ちゃんを守らなきゃ!」

「うんっ!!」


 私達は手を繋いで二人で歩く。

 一人だと震えてしまうけど二人なら大丈夫。それにお兄ちゃんが勇気をくれたもん。


 私はそうおもいながらポッケに入っている小さなナイフを触った。






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