電車の中
「将校さんから食料沢山もらったよ! みなみ頑張ったからお兄ちゃん褒めてね!」
「お兄ちゃん、敵を倒すのうまいよね〜。みなみは運営さんから貰った銃が無いと難しいよ……」
「え? なんで笑っているって? 敵を倒したらゴールド一杯もらえるよ? それにこのゲームたのしいもん! へへ、だってご飯一杯食べれるなんて夢みたいだよ! 寝てて水かけられないし、誰にもぶたれないし!」
日常から切り離された俺達はどんどんと変わっていった。初めから狂っている者も沢山いたんだろう。
人が死ぬのが日常。自分も心の底までゲームの毒されていくのがわかった。
だが、内海は違った。
「だ、駄目だよ! どんなクズだって殺してもいいなんて言っちゃ駄目……。そ、そんなの悲しいよ……」
「分かってる。殺さなきゃ襲われていたもん。……私、あんたの痛みも分かち合う。だから……手を繋いで……」
「うん、あんたは大丈夫。だって私が隣にいるもん! ……ん? 私の事を守ってくれる? もう、あんた幼馴染はいいの? ……う、嬉しいけどさ」
なんで俺なんかを守ったんだ。……生き残るべきはお前だったのに。
俺にとって内海は良心であった。あのゲームを続けていく中で唯一の心の安らぎとなった。
そして、内海が死んで望んだ最終ゲーム。俺は死んでもいいと思っていた。
だけど、身体が勝手に動いていた。
泣きながら人を殺していた。
……殺しても何も感じない。ただ内海がそばにいて欲しかった――
朝の通学電車の中で思い出してしまうあの島での出来事。
夢ではない現実で起きた事。……俺達は見世物になっていた。
だが、俺たちを観ている生徒の様子もこちらから見えていた。
……初めは生徒や知人たちは驚きと恐怖を浮かべていた。
だが、人間慣れてくると恐ろしいものであった。
配信時間を今か今かと待ちわびていたのだ。
誰にも観られていないと思ってその人の本性が見えてくる。
あまつさえ生き残る人間を予想して賭けをしていたんだ。
俺から少し離れたところにいる男女のグループ。俺と同じクラスメイトだ。
あいつらは笑いながらポテチを食べながら配信を観ていた。
男女のグループは俺に気がついても目も合わせない。ゲームの賞金を狙っているんだろう。
――ふと視線を感じた。
視線の先は反対側の扉に立っている女子生徒がいた。
……確かうちのクラスの大人しくて目立たない生徒だ。過去に話したことはない。
だが、顔ははっきりと覚えている。俺が教室でゲームをしよう、と言った時に冷静であった生徒の一人だ。
俺が視線を向けると顔を背けた。
……無表情で感情が読めない。……やはり運営側の人間なのか?
もしかして俺が黒男を刺したから監視しているのか?
黒男を刺したあと、俺は手洗い所で血を洗い流し普通の授業を受けた。
特に警察に呼ばれるでもなく、事件になったわけではない。
黒男は確実に絶命していただろう。人が死ぬ感覚はこの手が覚えている。
放課後に中庭へ行ったらすでに黒男の死体は無かった。
俺が女子生徒から視線を外すと、チラチラをこちらの様子を伺うのがわかる。
その時俺に近づいてくる人影が見えた。
「や、やあ、隆史。……きみは相澤君を見かけなかったか? み、みんなでバーベキューをする約束をしていて、その打ち合わせの時間に来なくて……」
生徒会長であった。
電車はそろそろ学校の駅へと到着する。
生徒会長は沈黙している気まずさを紛らわすように喋り続けた。
「いや、昨日は話の途中で隆史が変な事を言い出したじゃないか? ……少しは考えを改めてくれたか? いつでも生徒会室へ遊びに来てほしい。私にはわかるんだ。君はとても正義感が強い男だ。相澤ともきっと仲良くなれる」
「……相澤とはいつ頃出会ったんだ?」
生徒会長は俺が喋った事によって嬉しそうな顔になった。俺はそんな顔を見たくない。
「あ、あいつとは先月出会ったんだ。いきなり生徒会室に来て手伝うと言い出して……。まったく、あいつはお前そっくりで有能で底抜けて明るい男だ。あっ、べ、別に変な気持ちはないぞ? 良い友達だからな」
相澤は短期間のうちに俺の周辺をかき乱した。
それがただの嫌がらせだとしても、生徒会長にとっては相澤は良い友人となった。
ふと思った。
この女たちにとっては、あのゲームによって俺が変貌してしまったと思っているんだ。
こいつらは元の小山内隆史を求めている。
それはただの記号だ。その役割が仮面を被った相澤でも問題ない。
あのゲームを乗り越えて元の自分に戻れるはずがない。
生徒会長を見ると身体が少し震えていた。
……それは人を殺した男と対峙しているからだ。
なぜ今さら優しい言葉をかけてくる?
あのゲームから帰ってきて、俺は友達と会うことがどんなに嬉しいと思った事か。
内海の事があって、その後の最終デスゲームで幼馴染を下して……、心も身体もズタボロの俺がどれだけみんなに会いたかったか――
信頼している友達が俺を罵った。
親愛している友達が俺を憎悪した。
だから俺には過去の思い出なんていらない。俺は内海との思い出があれば十分だ。
それを抱いて死ねばいい。
だから――
「あいつは二度と帰って来ない。――俺が殺した」
ただの学生なら冗談で済む言葉が、俺が発すると冗談になんてならない。
車内の空気感が変わる。まるで犯罪に巻き込まれた被害者面をしている。
生徒会長は俺が言ったことを飲み込めていなかった。
「え、き、きみは、何を? 私は君が別れたあと、相澤君とメールを……、えっ、な、相澤君が? わ、私の事を好きって言ってくれた……、あの人が? わ、わたしは返事をしよ、うと――あ、ああぁあ、う、うそよね!? 嘘って言ってよ!!! な、なんで、なんで殺したの!!!」
生徒会長は半狂乱になって俺の胸ぐらをつかもうとする。
俺が横に躱すと、生徒会長は電車の床に倒れ込んでしまった。
憎悪の瞳で俺を睨むつける。言葉が呪詛になって形をなしていない。
そんな悪意は慣れっこだ。あのゲームではカップルの片方を殺す羽目になった事があった。
……残った女がマシンガンを片手に悪鬼の如く、俺の前に立ちはだかった事もあるんだ。
それに比べたら……。
電車が学校の最寄りの駅へと到着する。
這うように俺に近づいてくる生徒会長を無視して俺は電車を降りる。
叫び声だけが聞こえてきた。
そして――
俺は俺の事を観察していた女子生徒の横を歩く。
同じ歩幅で同じ速度。女子生徒の脇腹にナイフを突きつけて――
「……話しあるんだろ? 歩きながら聞こうか」
「…………」
女は無表情のままほんの少しだけ頷いた。
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