作家になると何か変わるの?/応募要項を紐解いた


 Xで『書籍化したけど何も変わらなかった』というpostを目にしました。


 底辺でもがいている私にとっては、そんな言葉を言ってみたいと妬ましいですし、正直、マウンティングされたような気持ちになってもやもやします。

 その方も自慢で言っているわけでも、何か含みがあった言葉でもなく、事実だからという感じでした。


 もっと劇的に執筆活動が変わると思っていたけれど、そうでもなかったという率直な感想だったみたいです。


   *


 実際、書籍化して作家と言う肩書を得たときに、何が変わるのか? と冷静に考えると、確かに『書き続ける』という本分は変わらないわけで、そこがブレなければ『変わらなかった』という感想になるかも知れません。


 でも、本当にそうでしょうか?

 私は、底辺でもがもがしているだけの素人物書きなので、実際には分かりませんのであくまで想像です。


 書籍化作家と素人物書きの最大の違いは、そこにお金が介在するかどうかということだと思います。

 書いたものが、本という商品になって売れることで収入を得ることができる。

 それまで書いていた『小説』が『商品』になってしまうことでどういうことが起きるのか、ちょっと考えてみました。

  


 私達は基本、ひとりでアイディアを練り、マイペースにこつこつと書き、自分で校正をしてホームページや投稿サイトに書いたものをUPします。

 ひとり作業で、ほぼ完結です。

 感想のやり取りなどもありますが、あくまでそれは執筆に付随するコミュニケーションです。

 素人物書きにとっては、それが対価とも言えるかも知れません。


 では、小説が書籍化されるとどうなるのか?


 小説を書くことは本人にしかできないので、そこは変わらないでしょう。

 ただ、その後に商品である本を作る過程が発生します。

 仮にカクコンで大賞を受賞したとするなら、そこから小説を書くこととは別の作業が発生します。(たぶんこの辺は、実際に受賞されてる方が体験記などのエッセイを書かれていると思いますので、そちらを参照ください)

 ご挨拶のメールや電話の連絡があるかも知れません。

 書いた小説=原稿が編集部と作者の間で何度か行ったり来たりの校正作業もあるでしょう。

 挿絵の担当の方の選定に携われたりもするのでしょうか?

 なにかしら、出版にかかわる契約書などの取り交わしなどもありそうです。

 すでに作家としてデビューしている方なら、次回作を書く前に、こんなジャンルで書いて欲しいなどの企画から出版社との相談となることもあるかも知れません。

 

 あくまで、ざっくりとした流れの想像です。

 私は経験してないのでわかりませんから。



 でも、これを聞いてどう感じたでしょうか?


 憧れを抱いた方ばかりではないと思います。

 そう、書くことが好きで書くことを認められたい、収入を得たいと思っても、ちょっと想像しただけでも実は書籍化作家になると書く以外の工程がかなり発生するんですね。

 書くことだけに集中できる環境になると思っていたのに、それ以外の煩わしいことが増えそう……というのが見えてきます。


 知らない人とのやり取り、不安ですね。

 自分の意見を貫く為に強く言わなければいけない時もあるでしょうし、相手の受け入れがたい意見も商品価値を高める、売れるためには聞き入れるしかない時もあるかも知れません。

 ある程度、コミュ力なども必要なのかもと感じます。

 とはいえ、多くの方は社会人として働いているでしょうし、その辺は会社で働いていれば同じようなことは日常茶飯事なのだから、同じ苦労なら作家として苦労したいと思い至るかも知れませんね。


 

『書籍化作家になっても何も変わらない』と言った、その作家さんの話はある意味正しいと言えます。

 兼業作家さんなら、それまでのお仕事でのやりとりと作家になってからのやり取りも、種類は異なるけど似たようなもの。

 より良い商品を出すために協力して、意見を交わし、妥協したり試行錯誤しながら作りあげるなら、『作家』も同じ『仕事』のひとつかも知れません。


   *


 書籍化作家は憧れではあります。

 それは、受賞して自分の小説を認められたいという承認欲求の現われかも知れません。

 でも、それで終わりではない。

 作家になると、小説を書くことだけに集中できない状況も出て来るかも知れない。

 落選先輩の私ですから、そんな心配は無用なのですが、投稿をする上で頭の片隅にでもそういうこともあるかもと覚えて置くのもいいかもです。


 まあ、そんなことは受賞したり、書籍化してから考えればいいことなんですけどね。

 人間、先のことを考えすぎるのもよくないので、その時その時でできることを一生懸命やればいいかとも思います。


    *


 この話題に触れたのは、Xのポストを見ただけではなく、もうひとつ理由があったりします。

 クリエイターの創作物は、『作品』か『商品』かということを考えたからです。


 作家は小説を書きます。

 漫画家はマンガを描きます。

 イラストレーターはイラストを描きます。

 映画監督は、映画を撮ります。

 他にもいろいろあるでしょうが、それらは人々の間に供給され広まる時に、商品として価値を見出されます。

 読者や観客がお金を払い、その対価に楽しみや感動を求められます。

 それに、自分が耐えられるかと考えるとなかなか厳しい世界だなとも思ったりもします。

 


 先日、ある漫画家さんが実写ドラマの製作のトラブルで命を絶たれました。

 色々な課題や問題、意見はあると思いますが、そういう議論をここでする気はないので端的に言いますと、今、小説界はメディアミックス(アニメ、漫画、ドラマ化)しないと売れないという現状があります。

 メディアミックスを見越して、その原作になる小説を探して商品化している傾向も感じます。



 正直、私みたいな底辺が言うのもおかしな話ですが、作家飽和状態とも見て取れます。

 Xを見れば、右も左も書籍化作家です。

 その中で生き残るためには、小説だけではなくさらにその先にコミカライズやアニメ化、ドラマ化に適したものが求められます。

 文字だけですべてを語りたい作家が、そこまで求められるのも矛盾を感じますが商品価値を見出されるということはそういうことなんだとも思います。

 

 ただ、文字だけですべてを表現する小説を漫画化やアニメ化すれば、齟齬は出て来るでしょう。

 絵的なバランスなどを考えた場合設定が変わることもあるかも知れません。

 アニメならワンクール13回の中に納めようとしたら、話を削ることもあるでしょう。

 それが悪いこととは思いません。

 表現方法が違えば、異なる表現も必要ですし、文字には文字の表現、映像には映像の表現があり、読者と視聴者ではニーズが違うかも知れませんから。


   *


 多くの方が先月までに、カクコンに応募されたかと思います。

 応募要項は隅から隅まで読んだでしょうか?

 <短編賞の募集要項> https://kakuyomu.jp/contests/kakuyomu_web_short_2023/detail


 その中にこんな注意事項があります。

(短編賞の方から抜粋です)


『受賞作品の取り扱いについて

 受賞者は、KADOKAWAに対し、応募作品が受賞した時点で、受賞作品の利用(書籍化、電子書籍化、コミック化、アニメ化、実写映像化、朗読等による音声化、ゲーム化、商品化、デジタル商品化、広告宣伝物・販売促進物化等、受賞作品を翻訳・翻案・複製等したうえ利用することをいい、当該利用を第三者に再許諾すること等を含みます。以下同じ)を独占的に許諾することにつき、予め承諾するものとします。』


 書籍化は皆さん望むところでしょうが、他のメディアミックスは希望されない方もいるかも知れません。

 でも受賞したかったら、小説以外の利用方法もすべて承諾する必要があると言えそうです。

 

『<中略>、受賞者は、KADOKAWAが、当該漫画作品の制作、発表に際し、当該受賞作品に変更を加えること(当該変更にあたり受賞者への確認は行われません)、受賞者のペンネームを明示することにつき、予め承諾するものとします。また、本項記載の利用の対価は、賞金に含まれます。受賞者は、当該受賞作品の漫画化に関する取扱いが本項記載のとおりであることにつき、応募の段階で承諾したものとみなされます。』



 受賞した後の取り交わしかな? と思っていたのですが、よく読むと応募の段階でその旨を覚悟してないといけないみたいですね。

 コミカライズの際に、変更を加えても作者に確認はしないともあります。

 ちょっとびっくり。

 短編ですからそうそう変更もなさそうですし、読み切り漫画なら1回で納める都合上端折ることもあるよ? という感じなのでしょうか?

(まあ、受賞しない私が心配することでもないですが……、原作改変が問題視されて来ている中で、ちょっとドキッとする記載ではあります)



『KADOKAWAは、エッセイ・ノンフィクション部門の短編賞受賞作品の全部又は一部を翻案、複製のうえ漫画作品を制作・発表することとなった場合には、KADOKAWAの裁量により、当該漫画を執筆する作家の選定及び当該漫画作品を発表する媒体並びにその時期を、それぞれ決定することができるものとします。受賞者は、当該受賞作品の漫画化に関する取扱いが本項記載のとおりであることにつき、応募の段階で承諾したものとみなされます。』



 ちょっとここの項は読み解くのが難しいのですが、大辞泉によると『翻案』とは「既存の事柄の趣旨を生かして作りかえること。特に小説・戯曲などで、原作の筋や内容をもとに改作すること」とあります。

 要するに、アイディアだけ生かして漫画化する場合もあるよということでしょうか?

 それは応募した時点で承諾したことになるよという感じかなぁと思いました。


 まあ私の場合、今回のカクコンは短編のみでエッセイノンフィク中心にエントリさせていただいたので、この辺は読んで承諾済みではあります。

 それでも、もし奇跡的に受賞してその上で、自分が書いたものに少し似ているだけのまったく別の漫画になるとするなら、原作ではなく原案とか、実話をもとにしたフィクションですなどの注意書きはして欲しいかなぁとは思ったりしますね。


   *


 別にこの募集要項がいいとか悪いとか言うつもりはないです。

 私自身は読んで応募したし、今のところ書籍化のチャンスがつかめれば何でもいいので。

 

 ただ、そこまで読んでなくて応募した方もいるかも知れませんし、今、話題になってきたことで改めて考えが変わった人もいるかも知れません。

 素人物書きだから関係ないと思っていた人も、こういう要項を読んでこの話題をぐっと身近に感じたことでしょう。


 

 作家になるためには、改変される覚悟が必要だという意味ではありません。

 ただ、文字だけで勝負したいのに、小説もメディアミックスを求められることが多い以上、別のステージに無理やり乗らされる場合もあるし、その際はどうするかも少し考えておくのもいいかもという話です。


 普通に仕事をしているときも、意にそぐわないことが起きたときに、はっきりと断れないことや、理不尽に叱られる時もある。

 作家になっても、それは同じかも知れません。

 作家になったからと言って、急に物事がきっぱり強く発言できるかと言ったら、そうではないですよね。

 肩書は変わっても、自分自身は何も変わらないのですから。


 そういう意味も考えると『書籍化しても何も変わらなかった』と言う言葉は、嫉妬する言葉ではなく、なんと重い言葉なんだろうと思い直しました。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る