第4話 進めた一歩

 亮平は、姿勢を正してカフェの椅子に座っていた。


 目の前に、あの女性がいる。


 彼女の名前は、尾山小枝という。


 駅前で彼女は小枝は亮平に気づき、声をかけたらしい。


 小枝が名乗ると、板見亮平です、と亮平も名乗った。


「せっかくだから、お茶でも」


 小枝は、緊張していないようだった。


 近くのコーヒーチェーン店に入り、レジカウンターで2人はコーヒーを注文し、席につく。


 小枝は切り出した。


「横浜の本屋で、ファイナンシャルプランナーの本を見てた方ですよね?

 勉強されてるんですか?」


 対照的に、固くこわばった表情の亮平。


「いえ、同僚が資格持ってるって言ってたので、ちょっと見てみただけなんです」


「そうなんですね」


「尾山さんは、勉強されてるんですか?」


 小枝は首を振った。


「私は、建築士を目指しているんです。

 そのために、今は大学に通っています。

 今日は、その授業の帰りです」


「日曜も、授業あるんですか?」


「はい。

 私が通ってるのは、通信制の大学なので」


「通信制…?」


「すぐそこに大学があるんですけど、平日は全日制の学生が通って、休日は通信制の学生が通うんです。

 通信制は、時々しかないんですけどね。

 私は今、2年生です」


 亮平はたずねた。


「建築士…。どうしてファイナンシャルプランナーの資格のところに?」


 小枝は、ああ、と言った。


「建築士もファイナンシャルプランナーも、人の人生に大きく関わる仕事だからです。

 どちらもお金が絡みますし、より良い提案を、お客様にできたらと思って、やってみたんです」


「…すごいですね」


 まだ若そうなのに、いろいろちゃんと考えてるんだな、と亮平は思った。


 小枝は苦笑いした。


「でも、テキスト見てたら、難しすぎるからやめちゃいました。

 建築士の勉強に専念することにしました」


 亮平は、やっと笑顔になった。

 思い切って聞いてみる。


「尾山さんは、失礼ですが、何歳なんですか?」


 答える小枝。


「24です。

 通信制は、年齢層広いので。

 板見さんは?」


 不安を抱きながら、亮平は言った。


「38です」


 小枝は、驚いた様子は見せなかった。


 14歳も年下の彼女は、亮平とは違い、自然な落ち着きを持っていた。


   ***


 あの後、小枝は鳩サブレーを買った。


 それに亮平は付き合ってくれた。


 帰る方向は一緒だったが、亮平は、駅前で小枝と別れた。


 なんだか、一気に距離が縮まり過ぎて、恥ずかしくなってしまったからだ。


 それを察したのか、小枝は連絡先だけ聞きたいと言ってきた。


 ラインを交換すると、小枝は改札の向こうへ歩いていった。

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the small house 狭山梨羽子 @momie

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