第3話 必然
「それ、運命じゃないですか?」
まじまじと亮平の顔を見て、伊藤が言う。
同僚数人と昼食をとっていた亮平は、妙に納得していた。
「そうかもしれない…」
休憩室の同じテーブルには、本屋に行くきっかけを与えてくれた、新人の大野もいた。
伊藤は、思いもよらない出会いを果たした亮平に対し、ニヤリと笑った。
「次にその人に会ったら、連絡先、聞いてみてくださいよ」
「…そうだな」
亮平は、顎を手でこすりながら、呟いた。
「え、マジですか?」
伊藤が慌てて止める。
「冗談ですよ、今のは!」
亮平の顔は、真剣そのものだった。
「あの人は俺の顔覚えてるみたいだから、聞かれたら教えることにするよ」
その時は、そう遠くないうちに訪れた。
***
亮平の実家は、鎌倉駅から少し歩いたところにある。
母が長い闘病の末、1年前に他界してから、亮平は頻繁に父に顔を見せていた。
母を失ってから、父は変わってしまった。
時折、その姿が透けて、消えていってしまうのではないかと言うほどに、虚ろな表情を浮かべる事があるのだ。
実家の古いインターホンを押す。
ほーい、と声が聞こえ、玄関が開いて父が出てきた。
「おお、亮平」
亮平は、父に促され、家の中に入った。
居間に行くまでの間、父の背中が一回り小さくなったような気がして、心に影を落とす。
「日曜に、悪いな」
「いや、別に」
2人はこたつに入った。
テレビの音が、雑音にしか聞こえない。
「親父」
「ん、なんだ?」
「新聞読んでるのに、テレビまでつけるなよ」
「いいじゃないか。母さんと同じこと言うなよ。
そんなことよりも、亮平」
父は新聞をたたむと、言った。
「早く孫が見たいんだ。
早く、なんとかしてくれ」
***
鳩サブレーの紙袋を手からぶら下げ、亮平は鎌倉駅へ向かっていた。
(せっかく来てやったのに、余計なこと言いやがって…)
亮平の胸の中では、怒りと哀しみの炎がくすぶっていた。
結婚している間も、父は(母も)早く孫を作れと言い続けた。
2人の希望に満ちた言葉の数々は、亮平と元妻を酷く苦しめた。
そして、今のこういった状況に至るのだ。
下を向いて歩いていると、声をかけられた。
「あの…」
声のした方を向くと、あの女性が立っていた。
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