第18話 救えたもの



「プレゼントをこれから送るよ、湊」


 父親がそう言うと一人の男が扉から入ってきた。


 そいつは金髪オールバックにした外国人風の男で手には大剣を持っており、ただものではない気配がする。

 彼が動くたびにその一挙一足に目がいってしまうのだ。


「はあ、やっとかよ。俺様を待たせるなんていいご身分だなぁ」


「というわけだ、湊」


 何を言ってるんだろう。

 この男をくれるとでも言うのか? こいつ、殺る気満々なんですけど。


「そう言うわけだ、テメェの相手をしてやるSランク探索者――ルーカスだ、巷じゃあ、世界最強って呼ばれてるぜ?」


 ルーカス?Sランク探索者のルーカスだって?

 彼の異名は何度も耳にしたことがある。

 二つ名は神速、迅雷、世界最強……そして最も多く覚醒した者。


 こいつはあまりにも強すぎるため、どこの国所属にもなっていなかったはずだから、ここにいるのもあり得なくもないのだが……。


 それでも夜鴉の牙に手を貸すなんて……。


「おい、待てよ。クソ親父……俺はセツを助けるために来たんだ! こんなやつと手合わせするためじゃない」


「ああ、知っているよ。湊が友達想いってことは……だからこんな余興も用意したんだ」


 父親がリモコンを手元で操作すると、カーテンの奥からガラス越しに一人の少女の姿が見えてくる。

 セツだ。

 セツは手足を拘束され、ギロチン台にかけられていた。


「今からここに火をつけると導線がだんだん燃えていき、20分もするとこのギロチンが落ちるのさ。僕はこのゲームを見物させてもらうよ、湊の親友が死ぬか、湊が殺されるか……はは、どう考えても面白くないわけがない」


 怒りを越して、呆れを越して、俺は初めて父親に殺意を抱いた。

 ああ、これが俺の父親か、と。


「湊……」


 ガラス越しに聞こえてきた声は紛れもない親友のものだった。


「逃げて」


 弱々しくだが、そう聞こえた。


「あいつには勝てない……それに湊は雪穂が好きなんでしょ? 100年もダンジョンに篭ってしまうほど……だったらこんなボクは忘れて雪穂のところへ行って……もう、あの子は長くない」


「で、でも、それなら今すぐにセツを助けてからで――」


「無理だよ、この男は20分じゃ倒せない……それに今なら雪穂を湊が救える」


「何言ってんだ! こんな時になって自分の命よりも他人を優先してもしょうがないだろ」


 俺は久しぶりにセツに対して大声をあげた。

 ここまで感情的になるのは何年振りだろう。


 ダンジョンに居た頃はどんなことがあっても落ち着いていたのに。


「この馬鹿……」


 セツは最後にそう言い残すと意識を失った。


「セツっ!」


「いい加減、茶番はそこまでにしてくれないか? 邪神を倒したって言うから期待してたんだが」


 ルーカスはそう言うと体験を構えた。


 もういい、早くこいつを殺して、それでセツを救って雪穂のところへ行って……。

 嗚呼、やることが多い。


 俺は魔剣を構え、ルーカスの懐に飛び込んだ。


「うぉっと?! 殺る気になったか、いいぜ、尋常に殺し合おうぜぇ!!」


 ルーカスはいとも容易く俺の剣を受け流していく。


「力はとんでもねえが、技術がねえな……それじゃあ馬鹿げた身体能力がもったいねえな!!」


 ルーカスがそう言うと、今度は俺が劣勢になる。


 力自体は強くない……が、受け流す技術とどうすれば最も効果的かをわかっているかのような動き。

 クソっ、早く終わらせたいのに……。


「魔剣よ、その力を解放せよ」


 俺が持っているのは真っ黒の何の彫刻も施されていない剣。

 こいつの能力は――


「がッ?!」


 俺の剣を受けたルーカスが顔を顰め、大きく距離を取った。

 心魂断絶の魔剣……斬られた相手は体ではなく、魂を切り裂かれ、死にいたる対人戦において最強の魔剣だ。


「何をした? とんでもねえ不快感を感じたんだが……そちらは全力を出してくるってわけか」


 別にこいつを殺す必要はないんだ。

 とにかく、セツさえ救えば――


「じゃあ、こっちも全力出さないと失礼だよなぁぁ!!」


 途端、ルーカスの姿がブレた。

 不味い、何か来るぞ。


 俺は新たな魔剣を取り出し、カウンターを試みる。


「魔剣よ、そのちか――あがっ!?」


 言葉通り、視界が割れた。

 全ての色がぐちゃぐちゃになり、最後には真っ赤に染まった。


『身代わりの籠手が自動発動されました』


 が、アナウンスとともに俺の視界は晴れていく。


 神速のルーカス……その名の通り、彼は一瞬だけとんでもない速さで動くことができる……でも今回はそれだけじゃない。

 この魔装を貫通するには斬撃強化系の異能を使わなければいけないことを俺はよく知っている。


「ふん、身代わり系のアイテムか……良いもん持ってんなぁ」


 二つ以上の強力な異能を持ち、その動きを見ることもできずに斬り殺される。

 どうやったらコイツに勝てるんだよ?!


 何か、何か起死回生の一撃が……あったら良かったのだが。


 もう、一通り、使えそうな魔剣は試したし、魔装の身体能力強化は最高値に設定してある。


「若いのによくやるぜ……だが、次で仕留めさせてもらう」


 もう一度、ルーカスが構える。


 もう、躊躇なんてしていられない。

 俺は2つ目の異能を発動させる。


 俺の持つ異能は計3つ……いや、3つ目は何故か文字化けしてて使えないから使えるのは2つだけ。

 1つは〈性質付与〉、2つ目は――


「〈代償クアイド〉――魔剣を代償に力を与えよ」


 謎の異能……〈代償クアイド〉、物やお金、記憶などその人にとってより大切なものを代償とすればするほど大きな力を得られる異能だ。


 俺が捧げたのはよく使っている雷鳴の魔剣だ。

 これを失うのは惜しいが、ここで出し惜しみしても意味なんてない。


 ルーカスが大きく踏み込み、俺に急接近する。

 普通なら絶対に見えないその動きだが、異能によって強化された俺の肉体であれば――


 見えた。


「くッ……」


 俺はルーカスの剣を受け流し、そのまま、カウンターを仕掛ける。

 が、意外とルーカスの斬撃が強く、俺は吹き飛ばされてしまった。


「やるじゃねえか、坊主。そんなに動けるなら最初っからそうしてくれよ」


 バカ言うな。

代償クアイド〉の継続時間はとても短い。

 時間にして約5分、これが終わると30分の硬直で俺は動けなくなる。


「今度はこっちが攻める番だ」


 俺はルーカスの懐に飛び込んだ。

 あまりの急接近でルーカスは動揺し、咄嗟に防御体制に入る。


 ここだ!!


「ぐあッ……なんだ、これ」


 俺の剣は結局、ルーカスの左腕を掠っただけだった。

 でも、それで十分だ。

 何故なら……


「左腕が動かねえ……なるほどな。俺は坊主をちと、見くびってたみてぇだな」


 心魂断絶の魔剣はそれだけでその部位を動かせなくしてしまうからだ。


 俺は再び、ルーカスに攻め入る。


「ッ?!」


 あまりの猛攻にどうやら奴も怯んでいるようだ。

 ならば、一気に畳み掛けてやる。


 同じように正面から……と見せかけて左に大きく飛び込み、ルーカスの背後に回る。


 左腕が使えないということは、そこが大きな隙になるのだ。

 俺はルーカスの首目掛けて魔剣を振り下ろす。


 勝った……!


「ふっ……」


 魔剣が首にちょうど触れた時、そんな鼻で笑う声が聞こえた気がした。

 俺のしょうr――


「あがっ……」


 まるで、時が止まったみたいだった。

 いつの間にか俺は地面に転がっており、辺りには鮮血が飛び散っている。


 あれ……?

 ルーカス、ルーカスは?


 なんで俺が転がっているんだ、奴の神速は目で捉えられるはずなのに――


「チッ、この俺がこの異能を使わされるとはな」


 その声は正真正銘、ルーカスのものだった。

 声からして満身創痍のようだが、ルーカスはかろうじて立っていた。


「なんで……って思ってるだろ? それは俺様の3つ目の異能、〈時間操作〉で時間を一瞬、止めさせてもらったからだぜ。コイツは俺様の寿命を食う上に、体がボロボロになっちまうから使いたくなかったんだが……くくっ、まさか若造に使わされるなんてな」


 コイツは……笑っているのか。


「やめろよ、慰めなんて要らない。俺は負けたんだ、殺すなり情報を聞き出すなり好きにしろ」


 死ぬのか。

 俺が死ねば、セツも死に、雪穂とも会えない。


 ああ、嫌だなぁ。

 死ぬ前に3人で集まりたかったな。


 告白もできなかったし、セツに入院の時の恩返しもできてない。


 結局、100年努力しても何もできないし、救えないじゃないか。

 最も愚かなのはこの俺なのかもしれない。


 そんなことを考えている時、ついにルーカスが口を開いた。

 さてと、何を要求してく――


「何言ってんだ? 殺さねえよ」


「は?」


 しばらく、沈黙が俺たちの間に走った。


「いや待てよ、俺様はめっちゃ、つええ奴が居るって言われたから来ただけでお前を殺しに来たわけじゃねえぞ。それにあの気に食わねえ男の配下じゃねえ」


「……そうだったのか?」


「おう、今日は楽しませてもらったぜ。じゃあな、坊主……じゃなくて湊」


 最後にそう告げてルーカスはどこかへ去っていった。


「なら……! せ、セツ! 大丈夫か?!」


 俺はガラスをぶち破り、今にも落ちそうなギロチンを外した。


 ……ここの空気、変だ。恐らく睡眠系の状態異常を与える物質が含まれている。

 だから、セツは意識が朦朧としていたのか。


「湊……?!」


「ああ、俺だ。良かった、生きてる……」


 とりあえずだが、一人守れた……。

 失ってばかりの最近だが、こうして親友を救えたことが同時に俺の心を救った。


「本当に助けてくれたんだね……ホント馬鹿なんだから」


 そう言って儚げに笑う彼女の顔はどこか嬉しそうに見えた。





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『私に勝つなんて100年早い』と幼馴染に言われたので本当に100年修行してきた わいん。 @wainn444

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