第7話 何のために100年苦しんだと思ってんだ




 俺が3階に着いた時、セツは近くの男に殺されそうになっていた。


「助けて、湊」


 何言ってんだよ。

 当然だろ、何のために100年苦しんだと思ってんだ。


「呼んだか? セツ」


 俺は振り落とされた短刀を掴み、そのままへし折った。

 そして、セツを抱えて距離を取る。


「何者だい、君? オレの武器をへし折るなんて……まあ、馬鹿力だけみたいだけど」


 男は一瞬で俺の背後に回った。

 きっとこの状況を見ている人が居るならそう思うだろう。


「伏せてっ!」


「終わりだよ、ヒーロー気取りクン」


 彼がそう言い終えた時には短刀は俺の首元まで振り下ろされていた。


「遅っ……」


 俺は右手で短刀を振り払う。


 う〜ん、なんというか……遅いのだ。

 これだけ待ってあげてるのに首に届いてないなんて……。

 てっきり、凄そうな雰囲気だしてるからAランクくらいあるのかなと思いきや、ハッタリだったのか。


「なっ?!……なぜ防がれた?!」


「なぜって……殺気マシマシでゆっくり迫られたら普通、気づくだろ」


 コイツらはテロ組織のようだが、この男は下っ端なのかな。


「お、お前、いい加減にしろよ! この女がどうなってもいいのか?!」


 別の仲間らしき男が銃を女性に向けて脅してくる。


「卑怯者が」


 俺はそう吐き捨てると最高速度で迫り、銃を蹴り飛ばした。


「うわぁぁぁ?!」


 彼は勢いの余り、床に尻もちをつく。

 あれ、俺って意外と強くなってる?


「ば、馬鹿な、神速の吾郎と呼ばれたオレが目で追えないなんて……」


 吾郎は青ざめた顔でジリジリと後ろへ下がる。


 すると、パトカーのサイレンと共に警察官が乱入してきた。


「警察だ! 大人しく投降しなさい!」


 他の仲間たちは警察官に囲まれ、人質を取っても一瞬で俺に倒されることを悟り、大人しく投降していく。

 肝心のハッタリ男は――


「何故だ?! 何故、あんな奴がぁぁ!」


 と、吐き捨てて警察に捕まっていた。


「セツ! 大丈夫だったか?!」


 俺はすぐにセツに駆け寄る。


「うん、湊のお陰で無事だよ」


「良かった……」


 もし、俺が強くなっていなかったら、もし、俺が遅れていたら……セツは殺されていたかもしれない。

 そう考えると怖くなってくる。


「ねぇ、湊……ありがとう、ボクを助けに来てくれて」


 セツは上目遣いで目尻に涙を浮かべながら俺にそう言った。

 一瞬、友人相手にドキッとしてしまった自分が恥ずかしい。


「お、おう、どういたしまして、セツもよく頑張ったな」


「ううん、そんなことないよ、ボクなんてあのAランク探索者にやられぱなっしで殺される寸前だったし」


「え? Aランク?!」


 俺はその言葉に耳を疑い、聞き返した。


「うん、自称してたし、Cランク探索者のボクを圧倒したんだから、Aランク探索者で間違いないと思う」


 マジですか……。

 俺は100年ダンジョンに籠って予想以上に強くなっていたらしい。


「てか、セツ、探索者になってたのか?!」


 さらっと聞き流してたけど、セツ、探索者になってたの?


「ま、まあね……湊がダンジョンに閉じ込められたかもっていう話を聞いて探索者になっちゃった」


「1年でCランク……」


 Cランク探索者になるには才能ある人でも3年かかるとか聞いたことがあるんだが……。

 もしかしなくてもこの娘も天才?


「まあ、湊や雪穂には敵わないけどね」


 そこまで喋ったところで警察官が俺たちに近づいてきた。


「あの……君たち、ちょっとお話を聞きたいんだけどいいかな?」


 いわゆる、事情聴取ってやつだろう。


「構いませんよ、場所を変えた方がよろしいでしょうか?」


「あ、ああそうだね、情報漏洩を防ぐために署まで同行願えるかな?」


「セツ、大丈夫?」


 俺は念の為、セツに聞いておく。

 セツは不満げな顔をしたが任意同行という名の義務であることに気づいているのか普通に頷く。


「じゃあ、これからパトカーに乗ってもらうから着いてきてくださいね」


 結論から言えばセツへの聴取は直ぐに終わったのだが、俺の方はかなり難航していた。俺は婦警さんとテーブルを挟んで一対一の取り調べを受ける。


「早瀬湊君……資料によると1年前に失踪しているね、両親とも連絡付かないし」


「ええっと両親は3年前に蒸発して俺は1年前からダンジョンに閉じ込められていて」


 俺は必死に弁明した。

 ダンジョンの中に閉じ込められていたのは事実だ。


「行方不明になったのが丁度1年前か、君の両親は確認したところ海外に出掛けたまま、行方がわからなくなっていると」


「そうです、手紙一つ残してどこかへ行ったっきり帰ってきませんでした」


 両親は元々、放任主義だったため仕事の時以外でも家にいないことが多く、俺は友達や親戚の家で遊んだり、家でゲームをしたりして過ごすことが多かった。


 そういえばウチの両親の仕事ってなんだったんだろう。

 ダンジョン関係ということ以外、何も答えてくれなかったからな。


「そうなの?……辛かった?」


「いえいえ、俺は友達が居ましたし、今の時代、オンライゲームでいくらでも遊べますから」


「最近の高校生は達観してるねぇ……それで、話を戻すんだけどAランク探索者の世良吾郎をどうやって倒した?」


 来たか、この質問。

 どう答えるかは前から考えていた。


「倒してなんかいませんよ、偶々気配を感じて反応できただけです」


「じゃあ、一瞬で別の仲間の背後に回ったのは?」


「俺、影が薄いのでそう見えただけですよ」


 これでどうだ?!

 俺は影がとてつもなく薄くて、気配を読み取るのが上手いだけの男ということに――


「……もう一回訊く、どうやって世良達を倒したんだい?」


 誤魔化せませんでした。

 この人、一ミリたりとも信じてないですって!


 俺がどう答えようか悩んでいると婦警さんの方から口を開いた。


「すまない、流石に意地悪しすぎた……君の幼馴染から聞いているよ、ダンジョンに閉じ込められていたんだってね」


「え、えっと……雪穂を知ってるんですか?」


「うん、当然でしょう? 世界で7人しかいないSランク探索者であり、私の恩人なのだから」


 待て待て、今なんて言ったんだ?

 Sランク?

 Aランク探索者100人と同等の強さを誇ると言われる最強の探索者7人……それを世界ではSランク探索者と呼んでいたはずだ。


「信じられないかもしれないけれど、本当だよ、詳しくは彼女に聞きな」


「わかりました、それで雪穂は今どこに?」


 今更会うなんて烏滸がましいかもしれないけど挨拶くらいはしておきたい。

 あわよくば、告白とかも……烏滸がまし過ぎるか。


「今、彼女はアメリカにある原初のダンジョンに挑戦しているよ、1週間前に攻略を始めたから1ヶ月もすれば日本に帰ってくるだろう」


「そうですか……」


 1ヶ月かぁ。

 どうやって過ごそう。


「ああ、そうだ。事情聴取に関しては私がいい感じに纏めておくよ」


「へ? いいんですか?!」


 テロって結構、重要なことだと思うんだけどな……。

 まあ、早く終わってくれるならそれでいいか。


「いいさ、代わりに楽しみにしておきな、英雄君」


 嫌な予感がしたがセツを待たせる訳にはいかないので、俺はそのまま警察署を後にした。

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