第6話 逃げていい?
「この1年間、どこに居たの?」
その瞬間、セツの瞳から光が消えた。
「え、ええっと……」
こ、怖い、この人。
目が笑ってないですってセツさん。
「湊? どうしたの? 答えられないの? まさかあの雪穂に監禁され――」
「――されてないです! ちょっとダンジョンの中に閉じ込められてただけですから!」
「ふぅん? そっか」
セツはつまらなそうな顔をする。
なんか会ってない間にめちゃくちゃ怖くなってないか?
「じゃあ、雪穂が言ってたことは正しかったんだね」
「うん? 雪穂が?」
「そうだよ、雪穂はボクより魔素の感知能力に優れてるからね、残留魔素から湊がどうなったのかを予知してたよ、恨めしいことにね」
雪穂がそんなことを……。
まあ、確かに振った人が何日も学校に来なかったら申し訳なくなるか。
じゃあ、早く雪穂の心配を晴らさないと――
「ダメだよ、今の君は雪穂に会うべきじゃない、そもそも会えない」
俺の手はセツに掴まれた。
「なんで……」
「君は修行して凄く強くなったのかもしれない、けど今の雪穂には会うべきじゃない、それにボクとの約束を破ったことを忘れたのか?」
約束?
俺は100年前の記憶を呼び覚ます。
そうだ、俺とこいつは週末、カラオケに行く約束をしてたんだ。
「そういえば」
「そういえばってなんだよ……でもそうだね、今の君の格好は悪目立ちするね」
セツに釣られ、俺は自分の服装を確認する。
黒いローブに深緑の裏地のマント……ああ、なるほどな。
「じゃあ早速、服屋に行こう! ほら早く!」
「ちょ?!」
俺はそのまま手首を握られ、近くのショッピングモールへと連れられるのであった。
……
…………
………………
「懐かしいなぁ、ここ」
よく昔は雪穂や友人達とショッピングモールの中にあるカラオケやゲームセンターで遊んだ。
「懐かしいって……湊は1年間もどうして閉じ込められてたの?」
「あー……」
どうしよう。
雪穂に振られたから、なんて言えない。
「じ、事故だよ、それで偶然、今日、戻ってこれたんだ」
「へぇ、ぴったり1年間、閉じ込められてたんだね」
怖い。
確かに去年と同じ月日に帰ってきたら違和感半端ないと思うけどさ?
「まあ、そういうことにしてあげるよ……話は変わるけどその服って相当凄いやつだよね? センスは無いけど」
「おお、よくわかったな……って誰がセンスゼロだよ!」
一言多いが、確かにこの服は凄い。
古代龍の鱗とアラクネの糸とオリハルコンで出来たローブに俺が異能:〈性質付与〉で体温自動調節や炎無効などの効果を付与したものだからな。
そんなこんなで無駄話に花を咲かせている間に服屋に着いた。
「ボクさ、1度、色んな服を湊に着せてみたいと思ってたんだよね」
「逃げていい?」
「だめ」
俺の腕はガッチリとホールドされる。
帰ってきてからセツとの距離感がバグってる気が……。
――――――
「はぁあああ、やっと終わった……疲れたな」
なんというかダンジョンに100年潜り続けるのとは別の疲れ方だ。
「そう? ボクは凄く楽しかったけどね?」
「お前はそうかもな……それで次はどうするんだ?」
「う〜ん、予定通りカラオケでもいいけど……ゲーセン行かない?」
「オッケー、でもその前にトイレ行ってくるわ」
「じゃあ、ボクは先にゲーセン行ってるね」
そう言い、セツはゲーセンのある階層へ降りていく。
そして、俺がトイレから戻った時だった。
――パァン、パァン
銃声が聞こえたのは。
『緊急アナウンス、緊急アナウンス、3階にて銃を持った不審者が現れました、至急、避難をお願いします、繰り返します〜』
「不審者?! こんなところでなんで?!」
ここは4階、3階には……セツが居る。
「キシャァァァ!!」
俺は駆けた。
――――――
【セツ視点】
湊が居なくなって丁度、1年。
ボクがおやつでも買おうとコンビニに来た時だった。
「うめぇ」
ツナマヨおにぎりを無心で食べる男の子が居たのだ。
ボクは彼の仕草に見覚えがあった。
彼と目が合う。
「み、湊?!」
それはボクがずっと探し、想い続けた人――早瀬湊だった。
ボクは彼が雪穂と会うのを止めさせ、1年前の約束の埋め合わせをさせる。
彼は雪穂が好きだ……だけど今日くらいはいいよね?
「湊は1年間もどうして閉じ込められてたの?」
「じ、事故だよ、それで偶然、今日、戻ってこれたんだ」
嘘だ。
恐らく雪穂関係か。
でも、今日のボクは機嫌がいいんだ、そういうことにしておこう。
そして、湊の服選びが終わり、結構マシな服に変わった。その後、ボクは先にゲーセンにいくことになったのだが――
――パァン
銃声が鳴った。
「きゃぁぁぁ!!」
それは1人の男が天井に向けて発砲したものだった。彼は1番近くにいる女性に銃を向ける。
ドラマか何かで見たことがあるようなシュチュエーションだ。
ああ、なんでこんな日に限って不幸に遭うのだろう。
「この女が殺されていいのならば1歩も動くな!」
場は一瞬で静まり返り、ここにいる全員が恐怖を抱く。
だが、人質の女性の近くに居た一人の男性が声を荒らげた。
「君たち、何のつもりだ! 私の妻を離しな――」
それが彼の最期の言葉だった。
乾いた音が無慈悲に響き、赤い花がその場に咲く。
ボクら一般人はハッと息を呑み、誰も動かなくなった。
「こうなりたくないなら静かにじっとしてろ、俺たち『夜鴉の牙』は貴様らに手加減しないぞ」
『夜鴉の牙』……その名は誰しも聞いたことがあるだろう。
10年前に大規模テロを世界各国で引き起こした世界各地を拠点とするテロ組織。
彼らは多くの探索者を抱えており、世界に7人しかいないとされるSランク探索者の1人もこの組織に加盟している。
奴らはとても非情で簡単に人を殺したり、人質に取ったりすることで有名だ。
すると、リーダーらしき風格の男がこちらへ歩いてきた。
「まあまあ、そんなに脅すなよ、小鳥ちゃん達が可哀想じゃないか」
「せ、世良様!? 失礼しました」
”世良”と部下に呼ばれていた男は懐から短刀を取り出す。
そして、ボクに向かってこう言った。
「でも、君は小鳥じゃないみたいだ」
――ヒュンッ
飛んできた短刀を足で弾き飛ばす。
避けて後ろの人に当たったら大変だ。
「よく気づいたね、ボクが覚醒者だって」
「覚醒者は少なからず魔素をその体に有している、それさえ感知出来れば簡単さ、こう見えてオレはAランク探索者なんだからね?」
「そう、かいっ!」
ボクはコイツを無視し、女性に銃を向ける男の背後に周り、腕を蹴り飛ばそうとするが――
「無駄だよ?」
いつの間にかボクの目の前にはコイツが居た。
「うぐッ!」
ボクは一瞬で床に転がされていた。
なんで……ボクはこれでも湊が居なくなってからダンジョンに籠ってひたすら努力していた。
それで雪穂に次ぐくらいの速さでCランク探索者に昇格した。
なのに……
「見たところDランク……いや、Cランクくらいはあるか、まっ、素早さではオレに勝てないみたいだけど」
Aランク探索者というのはここまで強いのか。
ボクは自らの無力を自覚し、死を覚悟した。
「女の子を殺すのはオレの主義に反するんだけどね……そうだ、君さ、『夜鴉の牙』に来ない? 君なら幹部くらいにはなれそうだし」
「ふざけてるの? 入るわけないでしょ」
これが強者の余裕ってやつ?
1ミリも理解できないや。
「そっかぁ、じゃあ」
彼は短刀を振り上げる。
ギュッと瞼を強く閉じるといつの間にかに体が震えていることに気づいた。
嗚呼、ボク死ぬのか。
せめて、湊は無事でいて欲しいな。
あのお人好しだ、ボクが心配で突撃してきたり……いや、そこまで馬鹿じゃないか。
でも……
「助けて、湊」
答えが返ってくるはずの無い言葉は遺言となって消え――
「呼んだか? セツ」
なかった。
ボクの目の前には凛々しい想い人が立っていた。
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