第3話 蟻退治



 俺は突然、寒気がして、後ろを振り返る。


「キシャァァ!」


 そこでは、真っ黒で人の腰ぐらいある蟻が、鋭い視線を俺に向けている。

 その姿は中層で出現するはずのグレートアントの姿と酷似していた。


「へ、あ、待て待て待て、俺は別に敵を強くしてくれなんて一言も言ってないぞ、先生怒らないから早く戻して――」


「グルルルルゥ!!」


 痺れを切らしたのか蟻は俺に飛びかかってきた。


「か、勝てるわけないだろ!」


 戦略的撤退と言わんばかりの勢いで俺は全力で逃げる。


「どこか……どこか安全地帯は無いのか?!」


 大きな音に気づいたのか俺を追ってくる蟻の数は2、4、5と増えていく。


 不味い、行き止まりに当たった瞬間、終わる。


 そう思っていた時、女神は俺に微笑んだ。


 何回目か分からない曲がり角を通った時、通路の先に〈楽園の間〉と書かれた看板が見えた。

 もう罠でもなんでもいい、俺は一か八かその看板が書かれた部屋に飛び込む。


「キシャァァァ……」


 すると、蟻たちは見えない壁に阻まれ、俺のことを諦めた様子でどこかへ去っていった。


「た、助かったのか? 」


〈楽園の間〉……そう看板に書かれたこの場所には4つの果物が実っている木と、1つのベット、そして静かに流れる小川の3つがあった。


 普通、こんな空間なんてあるはずも無いのだけど……まあ、今更か。

 考えたところで無駄だ、ここは普通のダンジョンとは違うのだからそういうものだと割り切ろう。


 俺は小川に近づき、その水を口にする。


「う、美味い!! こんなに美味い水飲んだことないぞ?!」


 喉が渇いているからとかそういう次元じゃない、神の作った水だと言われても違和感ないような美味しさを感じる。


「じゃあ……この果物は?」


 俺は木になっている桃を小川の水で軽く洗い、そのままかぶりついた。


 結論から言えば天国に登ってしまいそうな程の美味であった。

 俺は結局、〈楽園の間〉にある果物を全て食べ尽くし、大満足している。

 1番恐ろしいのはどれだけ果物を食べ尽くしても、水を飲み続けても無限に湧いてくるということ。


 だから、俺がその気にさえなればここで100年過ごすことも可能なわけだ。

 もちろん、そんなことしないが。


 俺は一通り休憩し終えると、あの蟻たちをどう倒すか考えていた。

 生憎、俺はダンジョン専攻では無いのでモンスターの弱点について、ネットで聞きかじった程度の知識しか持ってない。


「あいつらはここには入って来れないんだよな……それならこの部屋から入ったり出たりして攻撃するか?」


 ただ、蟻たちは俺がこの部屋に入ると直ぐに姿を消した。それにそんな卑怯なことをしてあのアナウンスが認めるかどうか……。

 やはり、ここは正攻法で行こう。


 その場合、俺が使えるものは水、果物、木の枝、ナイフこの4つだろう。


 どうにかしてナイフで蟻の喉を掻っ切ることが出来れば勝てるはずなのだが……。


「とにかく色々試してみよう!」


 それから、俺は幾つかの方法を、思いついた。


 蟻に水をぶっかけてみたり、果物を囮に使ってみたり、こっそり背後に回って切りつけてみたり……。


 とりあえず、今日は初ダンジョン攻略でモンスターを5体も倒し、満身創痍であったため〈楽園の間〉に設置されているベッドでゆっくり寝ることにした。



 ――――――



 翌日、俺はダンジョン内で丸一日を過ごしたのにも関わらず、絶好調であった。


「いやぁ、なんかめっちゃ寝れたし、果物は美味いし、体が昨日より軽い気がするぞ」


 軽くストレッチをし、果物を幾つか頬張ると、俺は昨日思いついた作戦一通り、実践してみた。

 すると、驚きの事実が発覚したのだ。


 俺が昨日、思いついた作戦は全て成功したのだ。

 水をかければあいつらは怯み、果物を投げれば果物の方へと行く。

 そして後ろから切りつければ確実に傷を負う。


 だがしかし、どれも決定打に欠けるのだ。

 そのため、全てを合わせて見ようと思い、俺は果物を床に設置し、蟻たちが現れないかと曲がり角で待っていた。


「キシャァ!」


 数分が経過した時だった。

 目論見通り、現れたグレートアントは果物にとても興味を持っているようで、果物を嗅いだり、舐めたりしていた。

 そして――


「キシャァ」


 一心不乱に奴は俺に背を向け、果物を食べ始めた。

 今だ!

 俺は抜き足差し足で奴に近づき――



 ナイフを首に目掛けて一振り


 ――グシャ


「キシャァァァァ!!!」


 ナイフはギリギリでグレートアントに察知され、首ではなく、背中に刺さる。それでも俺は肉を切り裂く感触と共にそのままナイフを振り落とす。


「キシャッ!」


 奴はナイフを振り払い、距離を取ってくるが、すかさず俺は蓋の開いたペットボトルを投げつける。

 ペットボトルは奴の頭に当たり、中に入った水が頭にかかった。


 そう、これが対グレートアント戦略だ。

 卑怯? 戦略ですぜ?


「クシャァ……」


 グレートアントは怯み、ブルブルと震える。

 俺はその隙に距離を詰め――


「ごめんな、恨むならここに生まれてきたことを恨んでくれよ……」


 よく狙ってグレートアントの首にナイフを突き刺した。


「キシャァァ!!」


 悲痛な叫びを上げ、グレートアントは光の粉となって消えていく。

 そして、地面には小さな魔石が残った。


「勝った……のか?」


 強敵に勝てたことの喜びで床に大の字になって転がる。

 その日、初めて俺は今まで勝てなかった相手に勝つことの喜びを知った。


 俺は〈楽園の間〉に戻ると――


『体内蓄積魔素量が最大に達しました、身体覚醒を開始します』


 そんなアナウンスと共に眠りについた。



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