第10章390話:婚約に関する話2

シュルードは仰天ぎょうてんしたような顔をした。


まさか断られるとは思っていなかったらしい。


「お、俺との結婚を拒否するというのか!?」


「はい、だって今、旅をするのが楽しいんですよね」


「旅、だと」


シュルードが怪訝けげんそうな顔をする。


私は告げた。


「だいたいあなたも、私のこと好きじゃないですよね? 好きでもないのに結婚とかイヤじゃないですか?」


「貴族の結婚とはそういうものだと理解している。……ただ、俺が君のことを好きじゃないというのはあやまりだ。俺は君のことを女性としてしたっている」


「会って間もないのに、ですか?」


「ああ。一目惚ひとめぼれなんだ」


うわぁ。


嘘くさいなぁ……


シュルードは至って真顔まがおだが……とても信じられない。


(こいつはブランジェ家とつながりを持ちたいだけだろうね)


と私は推定した。


現在、ブランジェ家は領軍戦争に勝利して、勢いを強めている。


ブロストン家の土地と財産を総取りしたので、貴族界での地位や評価はぐんぐん上がっている最中さなかだろう。


その躍進に乗っかりたいというのがシュルードの目的だと思われる。


「申し訳ありませんが、あきらめてください。私は結婚どころか、ランヴェル帝国の貴族社会に戻るつもりもありませんので」


と私は告げた。


シュルードはしばし押し黙っていたが、ややあって口を開いた。


「……そうか。君にはおもえがく生き方があるんだな」


彼は続ける。


「わかった。あまりしつこくするのも失礼だろうから、今日のところは引き下がろう。……だが、俺はあきらめないぞ。いずれ必ず、君を振り向かせてみせる!」


そこで一拍置いてから、シュルードは別れのあいさつを述べた。


「また話しあいに応じてくれると嬉しいな。では、失礼する」


シュルードがきびすを返して歩き出した。


その背中を私は呼び止める。


「あの」


シュルードが背中を向けたまま、立ち止まった。


私は宣言する。


「たぶん私は、一週間もしないうちにランヴェル帝国をって、旅を再開します。それまでに、私の気が変わることはないと思いますよ」


だからシュルードとは結婚するつもりはないと――――


ちをかけるような言い方にはなるが、はっきり言っておいたほうがいいだろう。


彼はこちらを振り返ることはなかった。


そのまま歩き去っていく。


やがて彼が屋上階おくじょうかいより消えてから、アリスティが声をかけてきた。


「お嬢様。お話は済んだようですね」


「ああ、アリスティ。バルター家の令息からプロポーズをされてしまいました。まあ断りましたが」


「聞いておりましたが、それでよろしいかと思います。お嬢様は、貴族のしがらみがない場所のほうが、のびのび生きられると思いますから」


「私もそう思います。貴族社会ってめんどくさいですからね」


キャンピングカーでのんびりと旅をしているほうが、しょうっている。


だから私は、子爵令嬢としての生活に舞い戻るつもりはないのだ。




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