第10章389話:婚約に関する話

私が前世の記憶を思い出す前に、エリーヌが婚約していた相手。


そういえばバルター伯爵家の令息だったか。


シュルード・フォン・バルター。


なるほど、この人が私の婚約者というわけだ。


「はじめまして……だな。ずっと会いたかったし、気になっていたよ。俺の婚約者はどんな女性なんだろう? とな」


私たちの婚約については、両家の親同士で勝手に決めたことなので、私とシュルードが愛し合って決めたことではない。


いわゆる政略結婚。


だから私とシュルードは婚約しているにも関わらず、互いの顔すらも知らなかった。


今回、完全に初対面だ。


一応あいさつしておくか。


「お初にお目にかかります、シュルード様。婚約の件に関しては、大変ご迷惑をおかけしました」


私が国外追放になったとき、シュルードとの婚約は破談とするしかなかった。


バルター家には迷惑がかかったことは間違いない。


「気にしなくていい。君も大変だっただろう? 君の母君ははぎみ――――ディリス殿に冤罪えんざいをかけられたのだからな」


「まあ、大変といえば大変でしたね」


母上からあらぬ罪をかぶせられたときのエリーヌは、完全に絶望のふちにいた。


前世の記憶を思い出さなければ、フレッドに殺されてもいただろうし……よく私は生きているものである。


「君がランヴェル帝国に戻ってきてくれて嬉しく思うよ」


とシュルードは優しく微笑みを浮かべ、さらに続けた。


「そこで、改めて君に伝えたいことがある。―――――俺は君と結婚したいと思っている」


「ん……? 婚約については破棄されたと聞いていますが」


「実質的にはそうだった。しかし、形式的には、まだ俺と君は婚約関係にある」


ふむ……


つまり書類上は婚約破棄にはなっていない、ということだろうか。


まあ私が国外追放になったあとでフレッドも死んで、ブランジェ家もバタバタしていただろうからなぁ。


正式な婚約解消の手続きをする暇がなかったのだろう。


「君の国外追放は解かれ、冤罪も晴れた。君は堂々と、俺との婚約を成就じょうじゅさせてもいいということだ。後ろめたいことは何もない」


「ふむ」


「だから、立ち消えになりかけた婚約の話を、復活させないか? 俺と結婚しよう、エリーヌ・ブランジェ。俺は自分の妻になった君を大事にすると誓う。もちろん君の姉であるローラ殿や、君の実家であるブランジェ家も、今後は俺の身内として丁重に扱い、もてなしをしよう。……今日は、それを言いに来たんだ」


とシュルードが述べた。


実質的なプロポーズだ。


完全に予想外の展開である。


私は少々面食らってしまったが……


いまさら貴族社会に戻るつもりはないんだよね。


だから。


「あー、すみません。今は結婚とかやる気ないので、お断りします」


と、すぐさま拒絶の返事をおこなった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る