第10章384話:人格について

姉上が言った。


「でしょう? たとえばあなたの前世は人間だったようだけど、私の前世はネコかもしれないじゃない?」


「ネコ」


私はくすりと笑った。


姉上は続ける。


「私の前世がネコであったことを思い出し、ネコの記憶も思い出しちゃったら……私の人格は、人間のものじゃないってことになっちゃうのかしら」


「そこまでいくと、哲学の領域ですね。人格論じんかくろんというテーマで長々と論文を書けるような内容です」


「そうね。……でも、私がネコの記憶を思い出した場合、それは『ネコの記憶を持ったローラ』ってだけだと思うわ」


「ふむ」


「つまりあなたも『前世の記憶を持ったエリーヌ』というだけだと思う」


あくまで前世の記憶が、現世の脳に追加されただけだというのが、姉上の主張である。


私は告げる。


「ふむ。しかし記憶はそうであっても、人格はどうでしょうか。記憶が違えば、人格も変わりますよ」


「記憶とは毎日積み重なるものよ。『記憶が違えば人格も変わる』というなら、昨日の私と、今日の私は、別人格べつじんかくということになるのかしら?」


「……なるほど。これは一本いっぽんられましたね」


と私は肩をすくめて笑った。


別に姉上を論破しようと思えばできる。


しかし、意味のないことだ。


今回の議題において重要なのは、記憶や人格を定義することではない。


大事なのは『ローラが感情の部分で、今のエリーヌを受け入れられるか?』ということだ。


口振くちぶりからして、姉上は、私の存在を許容している。


ならば私自身が、姉上の主張を否定するものでもないだろう。


「というわけで、やっぱりあなたはエリーヌということよ」


と姉上は結論を述べた。


私は微笑む。


「私を妹と認めてくれて、嬉しいです。……しかし、こういう談義は面白いですね。あんまり昔は、小難こむずかしいことを語り合わなかった気がしますが」


「昔のあなたが私の話についてこれなかっただけじゃない? でも現在のあなたは、簡単についてくるわね。実際のところ、今のあなたって、私よりも賢いでしょう?」


「さあ、どうでしょうね」


と私は肩をすくめて、明言を避けた。





そのあと姉上は、私の前世のことについて、いろいろ尋ねてきた。


文明社会である日本や、地球から、学べることがあると思ったようだ。


だから私は姉上にさまざまな知識を語った。


先進的な知識に触れた姉上は「あなたの前世って、すごい世界なのね!」と絶賛するのだった。





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おしらせ:

明日、本作の書籍1巻が販売となります。

みなさんの応援のおかげで、ここまでくることができました。本当にありがとうございます!


明日か明後日ぐらいに、正式に書籍発売の告知を行おうと考えています。

また1話丸々使っての告知となりますので、ご了承いただけると幸いです。



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