第10章359話:姉との食卓

食事を開始する。


まずは焼き魚を食べてみる。


もぐもぐ……


わぁ。


ふっくらと焼けた白身しろみと、やわらかな脂身あぶらみ


閉じこめた旨味うまみに、植物ソースの少しバジルっぽい風味がよく合っている。


「こうして食堂で、一緒に食事を食べるのは久しぶりね」


と姉上が言ってきた。


「……はい」


と私は肯定する。


私と姉上は一緒の食卓につくことは少なかった。


姉上が忙しい身分で、あまり屋敷にいなかったからだ。


私は告げた。


「いろいろと感慨かんがいぶかい気持ちになりますね。この食事も、とても懐かしい気がします」


料理の味付あじつけは、私が屋敷にいたころと変わらない。


屋敷の料理長が変わっていないからだろう。


強いていうなら、姉上の好みに寄せているぐらいか。


姉上は言った。


「懐かしいといっても、あなたが屋敷を離れていたのは1年ぐらいじゃない?」


「まあ、そうなんですけどね。とても濃厚な1年でしたから、屋敷にいたころが、ずいぶん昔のように思えてしまって」


たった1年という短い期間での記憶。


しかし、この1年……本当にいろいろなことがあった。


見知らぬ街を訪れたこと。


手強てごわい人物や魔物と戦ったこと。


美しい景色を見たこと。


それらは得難えがたい経験の数々であり、大切なアルバムのように、私の心の中に積もっている。


「……屋敷を出てからのこと、よければ聞かせてもらいたいわ」


「構いませんよ――――」


と私は答えて、話し始める。


リズニス王国のこと、


ダリューン王国、ルフシャ砂漠国のこと。


……さすがに、リズニスの英雄イグーニドラシェルを殺したことなど、語らないほうがいいようなことは伏せておいたが。


姉上が興味深そうに、私の話を聞く。


「――――という感じで、常秋の国は居心地が良かったですね」


やがて私の語らいがひと段落ついた。


今度はこちらから聞き返すことにした。


「姉上のほうは、いかがお過ごしでしたか?」


「……まあ、あなたが想像してる通りだと思うわよ」


私が想像している通り、とは……


つまり。


「兄上の抜けた穴を埋めるのに、奔走ほんそうしていたという感じですか」


「そう。フレッドはめんどくさい兄だったけど、能力だけはピカイチだったからね。正直私では、フレッドの喪失をカバーするのは不可能だったわ」


それは仕方がないことだ。


私がやれと言われても、できた気がしない。


姉上には、相当そうとう心労しんろうまっていただろうな。

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