第9章352話:取引

人の少ない丘のふもとでキャンピングカーを止める。


そこで10分ほど待った。


するとアリスティがやってくる。


彼女はブロストン侯爵の首根くびねっこをつかみ、引きずっていた。


ブロストン侯爵はどうやら、意識を失っているようだ。


「ただいま戻りました、お嬢様」


「おかえりなさい。アリスティ」


と互いにあいさつを交わす。


アリスティがジャンプをして、キャンピングカーの屋上に飛び乗ってくる。


アリスティは平気そうだが、見た目にはボロボロである。


メイド服はあちこちが破れているし、血もたくさんついていた。


「血だらけのようですが、大丈夫ですか?」


「はい。キスフィールとの戦闘で、いくらか手傷てきずを負わされましたが、回復しましたので」


…そうだったか。


さすがに六傑が相手だと、無傷で切り抜けるのは難しかったようだ。


しかし無事で何よりだ。


「お嬢様も、無事で良かったです。あのリシアをくだしたようですね?」


「はい。音響兵器が通用したので、苦労はしませんでした」


「さすがです。リシアに勝利するのは、本当にすごいことですよ」


とアリスティが褒めてくる。


「アリスティも、六傑を打ち破ったのはすごいじゃないですか」


「……私の勝利も、お嬢様のおかげです。スパーク爆弾がなければ、危なかったですから」


その言葉が謙遜なのか、事実なのかは、実際にアリスティの戦いを見てないのでわからない。


しかしアリスティのボロボロになった衣服が、激しい戦闘があったことを物語っていた。


「とにかく、これでいくさは終わりですね」


「はい」


「ブロストン侯爵を起こして、敗北宣言はいぼくせんげんをさせましょう」


既にブロストン軍は壊滅して、たいていの軍が敗走している。


あとは侯爵の口から、降伏こうふくを宣言させるだけだ。


私たちは水を用意して、ブロストン侯爵の顔面にかける。


「……!!」


侯爵が目を覚ました。


私は告げた。


「目覚めましたか、ブロストン侯爵」


「君は……エリーヌ・ブランジェ。それに、ここは……」


「ここは私のキャンピングカー。新型馬車の屋上です。……あなたの負けですよ、ブロストン侯爵。御覧ごらんなさい、ブロストン軍はとっくに壊滅しています」


私は視線によって、戦場を示唆しさする。


ブロストン軍が崩壊していることは、誰の目にも明らかである。


侯爵は声を震わせて言った。


「こんなはずはない……私が、敗北するなどと」


「認めがたいのはわかりますが、事実です」


そう私が告げると、侯爵がいきなり声を張り上げた。


取引とりひきをしよう!」


その言葉に、私は首をかしげる。


「取引?」


「ああ、そうだ! 私が、君を最高の待遇で雇おう、君が欲しい物は、わが財力ざいりょくをもってなんでも用意しよう。君は錬金魔導師なのだろう? だったら私が、錬金魔法に必要な素材をなんでも用意してやる――――だから! 私につきたまえ。もちろん、アリスティ・フレアローズもだ!」


私とアリスティは顔を見合わせ、そろって呆れた顔をした。


私はブロストン侯爵に視線を戻し、尋ねる。


「……それはつまり、私に姉上を裏切うらぎれということですか?」


「そうだ! ローラ・フォン・ブランジェを切り捨てて、私の元に来るのだ。悪い取引ではないだろう?」


こいつ、本気で言っているのか……


正気しょうきを疑うような発言である。

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