第8章311話:状況

私は告げた。


「相手は15000名も兵士をかき集めたんですか。たかだか領主同士の戦争なのに、すごい気合きあいの入れようですね」


国家間こっかかんの戦争と違い、領軍戦争は、しょせんは領主と領主のバトル。


領主が抱える私兵しへい私兵しへいをぶつけあう戦争。


国が抱える帝国軍ていこくぐんを動員するわけではないので、小規模な戦争になりがちだ。


それなのに15000名とは……


ブランジェ家アンチたちの執念を感じるね。


「それだけブランジェ家を潰すことに、本気だということよ」


「やはり、姉上がフレッドの支配体制しはいたいせいを踏襲することを、恐れたからでしょうか」


フレッドとディリスが死んでも、ブランジェ体制と呼ぶべき支配構造しはいこうぞうは残存している。


それをローラが踏襲とうしゅうし、ふたたびブランジェ家の天下になることを、ブロストン侯爵たちは恐れたのだろう。


……私の見解に対し、ローラが告げた。


「それもある。けど、それだけじゃない」


さらにローラは続けた。


「ブロストン侯爵をはじめ、ドラレスク将軍や、さまざまな貴族や軍人たちは、みんな、フレッドの悪夢を見ている。フレッドの支配はまだ、彼らの中で終わった事ではないのよ」


軍神フレッドが現れた衝撃。


彼はまたたく間に帝国を掌握しょうあくし、圧倒的な支配力を発揮した。


さからう者は容赦ようしゃなく暗殺し、脅迫し、屈服させてきたフレッド。


そのトラウマを、誰もが忘れられない……ということか。


「ブランジェ家を叩き潰したいのは、理屈だけでなく、感情の面も大きい……ということですか」


と私は告げる。


ローラはうなずきつつ、言った。


「フレッドは天才だったけど、一つだけ間違っていたことがある。それは――――勝ちすぎたこと。政治では、勝ちすぎてはいけないのよ。適度に負けないと恨みを買ってしまう。――――そして恨みを買いすぎたから、今回の領軍戦争が起こったの」


フレッドの才覚によって、ブランジェ家が政治や軍事の世界で一人勝ひとりがちをしたこと。


その絶対的な強さに対して、強い憎しみが生まれてしまった。


今回の領軍戦争は、その憎悪が引き起こしたものだと、ローラは説明する。


私は言った。


「つまり今回の領軍戦争は、フレッドが残した遺産いさん。まったく……死んでからも迷惑な兄貴ですね」


皮肉混ひにくまじりの私の言葉に、ローラが、ふふっと笑った。


しかしすぐに顔を引き締める。


「ブロストン侯爵は、今回の戦争のために、六傑の一人を雇ったそうだわ」


「なんですって?」


私は驚く。


思わずアリスティを振り返った。


アリスティも驚きの顔を浮かべている。


私は、ローラに視線を戻し、尋ねる。


「六傑の序列はわかりますか?」


「さあ……そこまでは、ちょっと」


「……ふむ」


フレッドとイグーニドラシェルは既に死んでおり……


アリスティでもミフォルトでもない六傑。


第一席か、第四席か。


どちらにしても、アリスティより格上の相手ということになるね。


ローラは言った。


「あの……エリーヌ。一つお願いがあるわ」


「なんでしょう?」


「……アリスティを、貸してもらえないかしら?」


「……」


私は沈黙する。


ローラが続けた。


「領軍戦争で勝つために、アリスティの力がどうしても必要なの。だから……お願いします」


ローラが頭を下げてくる。




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