第8章290話:それぞれの準備

「それで……いかがかな、ドラレスク将軍? ブランジェ家と戦う気になったかね?」


とブロストン侯爵は尋ねた。


ドラレスク将軍はうなずく。


「ああ……そうだな。キスフィール殿がいれば、たとえアリスティが現れたとしても、勝算は十分にあるだろう」


キスフィールを敵に回したら脅威だ。


しかし、味方となれば極めて心強い。


ブロストン侯爵が告げる。


「ならば、ブランジェ家に【領軍戦争りょうぐんせんそう】を仕掛ける」


「領軍戦争……」


領軍戦争とは、領主と領主が戦争をすることである。


領地に存在する軍や兵士を使って争うので、領軍戦争と呼ばれる。


「領軍戦争をおこなうには、50人以上の貴族の同意が必要だ」


領軍戦争というのは、いわば内戦である。


内戦が気軽に勃発ぼっぱつしては、国が立ちゆかなくなる。


だから多くの貴族が同意する場合にしか、領軍戦争は起こせない。


このためランヴェル帝国の歴史でも、領軍戦争が起こった回数は数えるほどしかない。


「おめでとう。あなたが50人目だよ、ドラレスク将軍―――――いや、ドラレスク伯爵といったほうがよろしいかな」


ドラレスク将軍は、将軍としての実績が認められて伯爵位を得ている。


貴族社会ではほとんど活動していないものの、彼も立派な貴族である。


「50人もの貴族から同意を得るとは、フレッドは嫌われ者だな」


とドラレスク将軍は苦笑した。


ブロストン侯爵は一枚の用紙を差し出した。


「この書類に署名していただければ、同意は完了だ」


「いいだろう。署名しよう」


ドラレスク将軍がペンを取り出し、サインする。


署名が終わったら、ドラレスク将軍が用紙を返した。


ブロストン侯爵は、用紙に署名があることを確認してから、告げる。


「では、ともにブランジェ体制を――――」


「ああ。破壊しよう」


とドラレスク将軍が同調した。


彼は告げる。


各方かくほうに声を掛けて、兵隊をかき集めておこう」


「よろしく頼む」


この日から、ブロストン侯爵たちによって、領軍戦争の計画が練られ始めるのだった。







<セラス視点>


その数日後。


ランヴェル帝国の辺境。


荒野にて。


乾いた風が吹きぬける丘のふもと。


ひそかに集結する者たちがいた。


フード姿の戦士たち。


セラス――――


その残党たちである。


「ブロストン侯爵が、ローラ様と領軍戦争を始めるようね」


セラスの残党をまとめる隊長――――リシアが言った。


顔はフードに隠れて見えない。


「エリーヌやアリスティは、戦争に参加するのでしょうか?」


そう部下の一人が尋ねた。


リシアは答える。


「いまのままでは参加しないでしょうね」


「じゃあ、あの二人をつことはできないのですか」


「いいえ」


とリシアは否定した。


「参加しないなら、無理やりにでも参加させるのよ。エリーヌ様とアリスティ様を、ランヴェル帝国に呼び寄せるの。……私がなんとかするわ」


リシアがそう告げる。


セラスたちは、歓喜する。


「やっと……フレッド様の仇を討つことができるのですね」


「セラスのみんなを殺したクズども」


「絶対に許さない」


口々に想いを口にする。


――――フレッドは死んだ。


――――セラスは崩壊した。


生き残ってしまったセラスの残党たちは、半年以上、ただ呆然とした。


まるで、時が止まってしまったかのようだった。


それでも、自分たちを突き動かすものがあった。


憎悪ぞうおだ。


エリーヌとアリスティに対する、憎しみの炎が燃えている。


この憎悪をげることでしか、自分たちは前に進むことはできない。


「エリーヌ様と、アリスティ様を殺す――――そしてそのしかばねを、フレッド様の墓標ぼひょうへとささげましょう」


リシアが宣言する。


セラスの残党たちは、静かにうなずく。


かくして。


ブランジェ家にまつわる最後の戦いが、幕を開ける。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る