第8章288話:第四席

「話はわかった。……が、しかし」


とドラレスク将軍は前置きをしてから述べた。


「アリスティはまだ生きているだろう?」


「ああ。だがアリスティはエリーヌ・ブランジェとともに国を出ていると、確認済みだ」


「国を出たフリをして、実は、ローラと裏で交流を持っている可能性があるのではないか?」


仮にアリスティがローラといまだにつながっているのだとすれば……


ブランジェ家に手を出すことは、やぶをつついてへびを出す行為に等しい。


もしアリスティと戦うことになったら、誰も勝ち目がないだろう。


「そうだな。その可能性はある」


とブロストン侯爵は肯定した。


さらに告げる。


「だから、たいアリスティのための戦力を用意してある」


「戦力とは?」


「―――――おい」


とブロストン侯爵は。


横に目を向けて、何もない空間に語りかけた。


「出てきていいぞ」


「――――そう。わかったわ」


誰もいるはずのない場所から、声が返ってくる。


直後。


そこに、ぬるりと空間がらいで、一人の女性が出現した。


ドラレスク将軍は驚愕きょうがくする。


「な、何者だ……!?」


「あたし? あたしはね、【選ばれし六傑】の一人――――キスフィールよ」


漆黒しっこく戦衣せんいをまとった女、キスフィール。


銀色の髪。赤い瞳。


茫洋ぼうようとした存在感をまとう、不思議な女であった。


「キスフィール……」


ドラレスク将軍には聞き覚えがあった。


大陸最強の暗殺術を誇るとされる、見えないアサシン。


「あの伝説のアサシン……キスフィールか」


「ふふ。そうよ。そのキスフィール」


戦場には、都市伝説めいた、ありもしない噂話うわさばなしがあふれている。


そのなかでもキスフィールに関する噂は、群をぬいて異質である。


たとえば、このような噂だ。




――――キスフィールは、見えない戦士である。


――――キスフィールの姿を、誰も目撃することができない。


――――キスフィールが戦場に現れたとき、その場にいる武将や、総大将の首は残らず刈り取られる。


――――兵士は誰一人として死なず、王や、司令官、武将などの首だけが落とされていく。


――――不可視ふかしの奇襲を繰り返し、静かにしょうを暗殺していくキスフィール。


――――それはまさに、音もなく死を運んでくる死神である。




見えない戦士。不可視のアサシン。


それは、つまり。


「自身の姿を、透明化できる……ということか」


「ええ。それがあたしの能力」


キスフィールは、証明とばかりに、自分の半身はんしんを透明化させた。


右半分が茫洋ぼうようと消えたキスフィールに、ドラレスク将軍はふたたび驚く。


キスフィールは透明化を解いて、元に戻る。


彼女はブロストン侯爵の隣に座った。


「あたしは今回、ブロストン侯爵に雇われたのよ。アリスティの脅威を抑える駒としてね」


「ふむ……よく六傑なんて雇えたな、ブロストン侯爵?」


「キスフィール殿は、発見するのは大変だが、会うことができれば、どんな暗殺依頼もカネ次第で引き受けてくれる」


「なるほど。……キスフィール殿はアリスティに勝てるのか?」


とドラレスク将軍が尋ねる。


「勝てるわよ。アリスティの武器は攻撃力と、異常なかんだけど、あたしには通用しないし」


たとえ攻撃力があろうと。


当て勘が優れていようと。


姿が見えなければ、攻撃を当てることはできない。


ゆえにキスフィールは、アリスティより上位の六傑。


第四席の座に就いている暗殺家であった。

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