第8章287話:酒場にて

<三人称視点・続き>


ディリスの処刑が終わった数日後。


夜。


ランヴェル帝国のとある侯爵領都こうしゃくりょうと


とある酒場さかばにて。


この酒場は、侯爵領都こうしゃくりょうとかくのような位置に存在している。


その一番奥いちばんおくの部屋は、個室であり……


貴族や政府高官せいふこうかんが、密談をするのに最適の場所であった。


そこに2人の人間が、テーブルに向かい合って座っていた。


一人は侯爵。


一人は軍の第二将軍だいにしょうぐんだ。


「ようやくディリス・フォン・ブランジェが処刑された」


と口を開いたのはブロストン侯爵。


赤髪オールバック。


赤ひげをたくわえたオッサンである。


「調査の結果、フレッドならびに特殊部隊【セラス】についても、既に死去していることがわかった」


「やはり、フレッドは死んでいたか」


と合いの手を打ったのは、ドラレスク将軍。


スキンヘッドと、銀色のひげをたくわえたオッサンだ。


大型動物おおがたどうぶつのような体格と鍛え抜かれた筋肉は、まさしく巨人。


幾多いくたもの戦場を駆け抜け、その活躍から【ランヴェル帝国の恐竜きょうりゅう】とうたわれた、屈強くっきょうなる軍人戦士ぐんじんせんしである。


ブロストン侯爵は言った。


「そこでだ、ドラレスク将軍? あなたに協力していただきたいことがある」


「ふむ、なんだ?」


「私とともに、ブランジェ家を潰さないかね?」


「……なんだと」


ドラレスク将軍がわずかに目を見開く。


ブロストン侯爵は微笑みを浮かべながら告げる。


「あなたも理解しているはずだ。いまのブランジェ家に、大した戦力はない。なにしろ六傑であるフレッドもアリスティもいないからな。叩き潰すのに、絶好のチャンスなのだ」


「確かに、現在のブランジェ家に残っているのはローラ・フォン・ブランジェだけだな」


ドラレスク将軍が同調する。


ブロストン侯爵が、告げる。


「これまで帝国の軍部ぐんぶは、さんざんフレッドの支配に悩まされてきただろう?」


フレッドは六傑の一人。


将軍として極めて優秀であり、何度も戦争において、ランヴェル帝国に勝利をもたらしてきた。


しかしフレッドは支配欲求も、人一倍ひといちばいに強かった。


フレッドは、己の才能と、セラスという圧倒的な武力によって、軍の全てを支配した。


逆らう者にはセラスを差し向けて暗殺……あるいは自ら叩き潰して、屈服させる。


まさしく暴君のような男だったのである。


軍の高官はみな、内心ではフレッドに反発しながらも、表向きは絶対服従であり、フレッドに敵視されることを強く恐れていた。


ドラレスク将軍はうなずく。


「ああ。フレッドは、この世は武力こそが全てだとよく理解していた。ヤツはセラスを生み出した瞬間から、この国の実質的な帝王だった。帝国軍部ていこくぐんぶはフレッドの支配下……家畜のようなものだったな」


フレッドはみずからの手でセラスの隊員を教育し、育て上げた。


そして最強の精鋭部隊セラスが生まれた瞬間、フレッドは、帝国において最強の武力を手にした。


その瞬間から、フレッドは貴族も、商人も、軍人も、全てを支配下に置いた。


誰も逆らうことができなかった。


なぜならフレッドに刃向はむかえば、容赦なく虐殺されるからだ。


絶対支配ぜったいしはい絶対服従ぜったいふくじゅう


その影響力を最も間近まぢかで受けたのは、将軍フレッドの傘下さんかにあった、帝国軍部ていこくぐんぶだっただろう。


ブロストン侯爵は同調する。


「われわれ貴族も、軍部と同様だ。フレッドの家畜も同然――――フレッドは血筋など、欠片も尊重しなかったからな。貴族が血筋の優位性を主張すれば、武力でねじ伏せられた」


フレッドはたかだか子爵位ししゃくいの持ち主。


ところが彼は、伯爵だろうと公爵だろうと、容赦なく攻撃した。


邪魔な者は力でねじ伏せ、屈服させた。


『文句があるなら俺とセラスを倒してみろ』といわんばかりに。


「だから、フレッドがいなくなった今こそ、ブランジェ家を叩きのめし、消滅させるチャンスなのだ。ローラ・フォン・ブランジェが、第二のフレッドとなる前にな―――――」


フレッドは死去した。


しかしフレッドが築いた【ブランジェ体制】ともいうべき支配構造は、いまだに残存している。


それをローラが継承し、ふたたびフレッドのごとく猛威もういを振るう可能性は、なくはない。


だから今のうちに、その可能性をっておくべきであると―――――ブロストン侯爵は主張する。

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