第8章:雪国と帝国

第8章286話:処刑

―――第8章―――



<三人称視点>


秋の終わり。


雪が少しずつ降り始めた時節。


ランヴェル帝国。


ブランジェ領の広場にて。


昼。


曇り空。


寒気かんきの含んだ風が吹くぬける中。


ある人物の処刑が執行しっこうされようとしていた。


――――ディリス・フォン・ブランジェ。


エリーヌの母であり、ブランジェ家の当主である。


彼女はフードをかぶった死刑執行人2人に両腕りょううでを拘束されながら、処刑台しょけいだいのうえに座らされている。


「エリーヌウウゥゥゥゥウッ!!!」


ボロ切れを着せられたディリス。


髪はボサボサ。


落ちくぼんだような目つき。


長らく死刑囚しけいしゅうとして、ひかりさぬ牢獄に閉じこめられていた彼女からは、悪臭すらただよっている。


もはや貴族としての面影おもかげはない。


変わり果てた姿で、ただ、狂ったように叫ぶ。


「エリーヌを出せ!! 殺す! 殺してやるッ!! 早く出せぇええええええ!!」


――――ディリスを告発したのはローラである。


エリーヌの姉・ローラは、ディリスの犯罪の証拠を集めて法廷へと提出した。


この告発は受理され、裁判の末に、ディリスは有罪。


死罪が宣告された。


つまりディリスを処刑台へと追いやったのはローラなのだが……


ディリスは、ローラを恨まず、ただひたすらエリーヌへ激怒を向けていた。


ディリスはローラを愛していたため、ローラに告発されたことを信じたくなかったのだ。


だから脳内で、自分をおとしいれたのはエリーヌだと、都合よく理解していた。


「エリーヌゥゥウウウウ!!!」


ディリスが狂乱したように叫び続ける。


処刑をにきた民衆たちは、困惑している。





「なあ、エリーヌって誰だ?」


「ディリスが濡れ衣を着せて、追放に追い込んだ娘だよ」


「自分の娘に罪をなすりつけたんだよな」


「なにそれ、クズじゃない」


「悪魔みたいな母親だよ」





しかし観衆かんしゅうたちの困惑など、聞こえていないのか……


ディリスは醜態しゅうたいをさらし続ける。


(みにくいわね)


と、広場の端のほうに立っていたローラは、ひそかに思う。


ディリスの姿は見るに耐えない。


(でも、これでエリーヌの名誉は回復できる)


ローラは、かつて妹であるエリーヌが苦しんでいたのを、知っていたのに、見てみぬフリをしてきた。


ディリスとフレッドに睨まれるのが怖かったからだ。


だから罪滅ぼしをしたい。


でなければ、エリーヌに顔向けできないと思い……ディリスを告発した。


ディリスのした罪を裁くことは、きっとエリーヌへの贖罪しょくざいになると、ローラは信じている。


「……!!」


3人目の死刑執行人がやってきた。


バトルアックスを持っている。


観衆たちがざわめく。


他の死刑執行人たちがディリスを抑えつける。


バトルアックスを持った死刑執行人は、高らかに宣言する。


「これなるはディリス・フォン・ブランジェ。領主という立場でありながら、数々の汚職に手を染め、あまつさえ、その罪を、娘であるエリーヌ・ブランジェになすりつけた。人の道に外れた所業であり、まことに醜悪しゅうあくきわまりない!」


一拍置いてから、さらに告げる。


「ゆえに、国王陛下ならびに法廷裁判長ほうていさいばんちょうのご下命かめいって、ここに、ディリスの処刑をおこなう!」


その声にディリスが反応する。


「離せェッ!! 無礼者ども!! さっさとエリーヌを出せ~~~~~ッ!!!」


ディリスが叫ぶ。


ローラが瞳を閉じて、心の中でつぶやく。


(さようなら、お母様)


そして。


死刑執行人が、ディリスに向けて、バトルアックスを振り上げた。


次の瞬間。


「――――――――――」


ディリスの首がハネられた。


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