第6章264話:兄とミフォルト

「さて、交渉をはじめようか」


ビルギンスとの話は終わったとばかりに、ミフォルトは切り替え、私に話しかけてくる。


だが、ビルギンスは叫ぶ。


「ま、待て!!」


「……?」


「そ、その女の言ってることが、本当かわからないだろう!? 聖泉水と称して、そのへんで拾った水を渡してくるかもしれないぞ!」


と、ビルギンスは疑義ぎぎていしてきた。


ミフォルトは口元に手を当てた。


「ん……まあ、確かに、もっともな意見だな」


するとアリスティが目を細め、恫喝どうかつするように尋ねる。


「お嬢様を疑うのですか、ミフォルト?」


「しょ、しょうがないだろ! 僕だってニセモノを掴まされても困るんだよ! そ、そんな顔で睨むなよっ!」


と、アリスティの視線にビビりまくるミフォルト。


私は言った。


「まあまあ……一応、本物であることを証明する方法はあります」


そう言うと、ミフォルトは驚きながら言ってきた。


「それは本当か!? ぜひその方法を教えてくれ! いや、その前に、君の名前を知りたいな。まだ聞いていなかったからな」


「私ですか? エリーヌ・ブランジェです」


「エリーヌ・ブランジェか。……ん? ブランジェ? どこかで聞いた名前だな」


思い出せないとばかりに悩みだしたミフォルト。


私は尋ねる。


「あなたは六傑ということですし、名前を聞いたことがあるのは、兄上のことではないですか?」


「兄上?」


「はい。私の兄上は、フレッド・フォン・ブランジェというのですが」


その名前を聞いた瞬間。


ミフォルトが過去最大級にビビりだした。


「フ、フ、フレッドだとぉ……ッ!!? あば、あばばばばばば!!」


尋常ではない動揺ぶりだ。


そして、なぜかミフォルトは、いきなりその場で土下座を始める。


「も、申し訳ありませんでしたァアア!!!」


絶叫するような謝罪をしてくる。


いや、どうしたん?


ミフォルトの行動に、私は困惑する。


ミフォルトは叫ぶ。


「あ、あなた様が、あのフレッド・フォン・ブランジェ様の妹君いもうとぎみだとは知らず!!! 無礼な言動を、いたしましたアァァ!! ほほ本当に、申し訳ありませんでしたぁぁアアアアッ!!」


なぜか敬語になっているミフォルト。


いやいやビビりすぎでしょ。


フレッドに何されたのよ、この人。


アリスティが説明する。


「かつてフレッド様が、ミフォルトを、コテンパンに叩きのめしたことがあります。フレッド様は、ミフォルトを三日三晩、山の中で追い回し、何度も殺そうとしたが、殺し損ねたとおっしゃっておりました」


へえ、兄上が……。


で、ミフォルトは、そのときのことがトラウマになっているのか。


兄上に三日も追い回されるとは、かわいそうに。


私は言った。


「頭をあげてください、ミフォルトさん」


「……え?」


「まず、私は兄上が嫌いです」


「……んん……そうなの、か?」


「加えていうなら、兄上は死にました」


「!!?」


驚愕の顔をして、ミフォルトが立ち上がる。


「ししし、死んだだと!? あのフレッドが!?」


「はい」


「何があったんだ!?」


「まあ、いろいろあって、戦死した感じですね」


そう告げると。


ミフォルトはしばらく呆然としたのち。


歓喜を爆発させた。


「うおおおおおおお!!! っしゃあああああああああ!!!」


きらきらした瞳だった。


喜びに満ちあふれた顔で、ミフォルトは叫んだ。


「フレッドが死んだなんて、こんな良い知らせはないぞ!! トラウマが一つ消えた!! ひゃっほおおおおおおおおおお!!!!」


めちゃくちゃ嬉しいようだ。


こんなに死を喜ばれるなんて、さすがフレッドだね。


「おっと、すまない。君のご家族の死を喜ぶなど、不謹慎だった」


ミフォルトは、ふと我に返って言ってきた。


「いえ、構いません。どうぞ喜んでやってください。フレッドは嫌われ者ですし、言ったように、私も嫌いですので」


と、私は答えた。






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