第6章259話:凄腕

「屋敷の地下に隠してあるものについては、侯爵を倒したあとでゆっくり調べましょう」


私がそこまで述べたとき。


ふんっ、と侯爵があざ笑うように鼻を鳴らした。


「私を倒すだと? エリーヌと言ったな? 多少は戦えるようだが、慢心が過ぎるのではないかね?」


「いいえ。慢心をしているつもりはないですが」


の兵士を2人倒したぐらいで、あまり図に乗らないでいただこう。――――おい、ルキウス」


と、ビルギンス侯爵は、背後に控えていたフードの者を呼んだ。


あのフードの用心棒は、ルキウスという名前らしい。


ビルギンス侯爵は命令する。


「仕事だ。こいつらを皆殺しにしろ」


「……わかった」


と、ルキウスは低い声で答える。


「ひっ……」


侯爵による皆殺し命令に、ルーシーさんやバネオンさんが息をのむ声がした。


――――ルキウスは、反りのついた短剣を二本、取り出す。


両手に一つずつ、持つ。


双剣使そうけんつかいのようだ。


こいつ……めちゃくちゃアサシンって感じがするな。


ルキウスが歩き出し、ビルギンス侯爵の前に出てくる。


仮面をかぶっているため、顔はわからない。


ただ、吹き付けるような殺意の波動を感じる。


「アリスティ、お願いします」


「承知しました……!」


アリスティが返事をして、前に出る。


ルキウスと一定距離で対峙した。


ビルギンスが高笑いをする。


「ふっ、おろかな! ルキウスは凄腕の殺し屋だぞ。たかだかメイドごときが勝てるわけがない。ルキウス、この者らに現実というものを教えてやるがいい!」


「ああ」


ルキウスが短く返事をする。


(凄腕の殺し屋、ね……)


私は微笑む。


たしかにルキウスは凄腕なのだろう。


雰囲気、風格からして、察することができる。


しかし双剣を持っているあたり、得意なのはおそらく近接戦。


だとすれば、ルキウスに勝ち目はない。


なぜなら、近接戦闘において、アリスティの右に出る者は存在しないからだ。


「シッ!」


ルキウスが、滑るような歩法で移動する。


あっという間にアリスティの間合いに入り、右の双剣で突きを放ってきた。


それをアリスティは、


「ふっ……!」


かわすこともせず、いなすこともせず。


なんと刃に向かって、掌底しょうていを放つ。


掌底と、双剣の刺突しとつがぶつかる。


本来なら、刃が手のひらを貫通するはずだが――――そうはならない。


アリスティの強靭きょうじんな掌底と接触した瞬間。


双剣の刃が、無残にへし折れた。


「……!」


仮面の下で、ルキウスが驚愕に息を飲む気配がした。

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