第6章258話:部下の兵士たち

ビルギンスは告げた。


「おい。殺せ」


と。


ビルギンスが命令した相手は、どういうわけか、ヒニカさんの部下の兵士であった。


兵士たちは、


「はい。ビルギンス様!」


と、あくどい笑みを浮かべて、剣を抜き――――


なんとヒニカさんに斬りかかった。


「……ッ!!?」


間一髪でそれを避けるヒニカさん。


「ど、どういうことだ、お前たち!?」


自分の部下にいきなり剣を向けられて、ヒニカさんは混乱していた。


冷や汗を浮かべている。


「どうもこうもありませんよ、ヒニカさん」


と、兵士の一人がニタニタ笑いながら言った。


「オレら、ビルギンス侯爵につくことにしたんで」


「なっ!?」


どうやら……


ヒニカさんの部下の兵士たちは、とっくにビルギンスに買収されていたようだ。


つまり、ビルギンスの買収の手は、ヒニカさんの直属の部下にまで及んでいた……ということ。


その事実に、ヒニカさんは衝撃を隠せないようであった。


かなり動揺しているらしく、彼女は、腰の剣を抜こうとしない。


あるいは、部下に向かって剣を向けてはならないとでも思っているのだろうか。


(これはまずいね)


そう思った私は、アリスティに目配めくばせをした。


アリスティに任せたいのは、ビルギンスの後ろに控えている用心棒である。


あのフードの用心棒だけは明らかに強者であり、そこらの雑魚とはレベルが違う。


なので、あの用心棒がおかしな動きをしたときは、ただちに制圧するように、アリスティに視線だけで命ずる。


「……」


アリスティは、静かにうなずく。


私とアリスティは以心伝心。


おそらくアリスティは、こちらの意図を汲み取ってくれたであろう。


私は、アリスティから視線を外し、ヒニカさんたちのほうを向いた。


兵士たちは、私たちを気にかけていない。


私から見ると、兵士たちは横を向いている。


ニタニタ笑う彼らの横顔が見えている。


私は、手前にいた兵士に素早く近づき、脇腹に向かって拳を叩き込んだ。


「っ!!?」


いきなり殴られたことに兵士が驚愕。


さらに、肋骨を殴られた痛みに身体をかがませる。


そのアゴに向かって、私は拳を振り抜く。


「ごはっ!?」


兵士はひっくり返って、昏倒した。


「て、テメエ!?」


もう一人の兵士が、いきり立った。


が、私は素早く相手の懐にもぐりこんで、みぞおちに拳の突きを放つ。


「こはっ!!?」


兵士がくの字に身体を曲げる。


そのアゴにアッパーカットをくらわして、気絶させた。


ヒニカさんがぽつりと声を漏らす。


「エ、エリーヌ殿……」


「ヒニカさん。既に戦闘は始まっています」


「……!」


「ビルギンス侯爵は、あなたも、私たちも、殺すつもりのようですよ。実際にヒニカさんは斬りかかられていましたしね」


一拍置いてから、私は続けて言った。


「というわけで、侯爵を力づくで制圧します。さきに手を出したのは侯爵のほうですから、ここで私たちが侯爵をボコボコにしても、全て正当防衛ですからね?」


と、正当防衛の宣言をしておく。


これで侯爵を叩きのめす下準備は、全て整った。


あとは暴れるだけだ。




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