第5章197話:岩石の魔物

そのときだった。


滝つぼのほうから、異音のような声が聞こえてきた。


「……?」


私たちは視線を向ける。


滝つぼの中央。


その水の中から、何かが浮かび上がってくる。


水面から顔を出したソレは。


「……石?」


いや、岩?


綺麗にカッティングされた、岩石……のような物体。


古代の石碑のようにも見える。


その岩石状の物体が、水面から現れたのだ。


水をしたたらせながら、宙に浮かぶ。


水面より2メートルほど離れた位置に浮遊し、静止した。


その岩に埋め込まれた宝石のような石が、まるで"一つ目"のように赤々と光っている。


「な、なんでしょう……?」


ニナが不安げな声を上げた。


得体の知れない岩石の物体。


しかし、クレアさんは興奮した。


「おおッ! あなた様が、精霊なのですね!?」


そしてクレアさんは、両膝をつく。


手を組み、祈り始めた。


私は困惑する。


(いや……アレ、精霊なの?)


クレアさん、盛大な勘違いをしているような気がする。


(というか、探知の指輪に反応があったの、あいつだよね……?)


崖の降りる前に、探知の指輪で、一匹だけ反応があった魔物。


滝つぼに潜む、謎のモンスター。


それが、おそらく眼前の、岩石なのだろう。


……。


……いや、魔物なのか?


岩型の魔物といえば、私はゴーレムしか知らない。


眼前の魔物が、ゴーレムの亜種という可能性もあるけど……


本当に精霊という可能性もある?


そんなことを考えた。


そのときだった。


「……」


ふいに、クレアさんが立ち上がって、ふらふらと水辺に歩き始めた。


彼女は、滝つぼの水に近付き、水の中へと足を踏み入れ始める。


私は慌てて、クレアさんの腕を掴んで止めた。


「ちょちょちょっと!? 何してんの!?」


半ば怒鳴るように、私は言う。


いくら信仰が極まったからって、滝つぼに入っちゃダメでしょ!?


……と。


思っていると。


ふらふらと、ニナも水辺に向かって歩き始める。


クレアさんと同じように、滝つぼに入ろうとする。


ニナの目がうつろになっていた。


そこで、ようやく私は、異変に気づく。


とにかくニナの腕を掴んで、引き止めた。


(滝つぼに引きずり込まれそうになってる……!?)


クレアさんとニナの異変。


まるで二人して、入水自殺じゅすいじさつを図ろうとしているような様子だ。


「お、お嬢様……っ」


声をかけられて、私は振り向く。


「アリスティ!?」


アリスティが苦しそうに膝をついていた。


「せ、精神攻撃です……」


「え?」


「おそらく、あの岩石から……っ」


アリスティが辛そうに自身の頭を押さえながら、必死で訴えてくる。


精神魔法か!


精神魔法とは、対象の精神に状態異常を発生させる魔法。


幻覚や、恐慌などを発生させる、極めて凶悪な魔法だ。


(そうか。ニナやクレアさんの異変も、あの岩のせいか……!)


私たちに精神魔法を放つとは……


明確な敵意。


明確な害意。


はっきりと理解した。


ヤツは精霊ではない。


やはり、魔物だ……!


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