第5章188話:神官


滝つぼにいる1匹の魔物。


その存在を指摘した私の言葉に、アリスティは言った。


「それは気になりますね」


私はうなずいて、言った。


「霊水……聖泉水って、あの滝つぼの水のことですよね。だとすれば、どのみち崖を下りて回収する必要があります。ついでに、滝つぼの魔物も調べてみましょう」


ニナが不安を口にする。


「こ、この崖を下りるんですか……?」


眼下には推定300メートルの断崖絶壁。


恐怖を覚えるのは当然だ。


「はい。まあでも、実際、下りるだけなら大したことはないです。むしろ、下りたあと昇ってくるほうが大変だと思いますね」


ゴリ押しで上り下りするか。


科学の力でスムーズに事を進めるか。


悩ましいところだが……


「とりあえず、予定を変更します。ご飯を食べるのはあとにして、先に、滝つぼに下りましょう。……と、その前に」


私はふいに、斜め後ろの雑木林のほうに視線を向けた。


その方角から、歩いてくる人がいる。


実は【探知の指輪】によって、魔物だけでなく、近くに人がいることも探知していた。


いるのは1人。


しばらく待っていると、そのシルエットが浮かんでくる。


向こうもこちらに気づいたようだ。


女性のようである。


神官服に身を包んだ女性。


右手には長いロッドを持っている。


彼女はこちらの存在を警戒しつつ、ゆっくりと近づいてきた。


「こんにちは」


と、言ってきた。


私は返す。


「……こんにちは」


「あなたたちも巡礼者かしら?」


「え? 巡礼者?」


「……ふむ。どうやら違ったようね」


と、女性は一人で納得する。


彼女は続けた。


「見ての通り、私は神官―――プリーストでね。ここには巡礼に来てたの」


……巡礼。


精霊の滝、という異名のある地。


神殿の信徒にとって重要な場所であることは、わかる。


私は言った。


「私たちは観光に来たんです」


と、答えると、女性は微笑んだ。


「なるほどね……。あ、私はクレア・リンサイス。大地の精霊ルースを信奉するルース神殿の信徒よ。あなたたちの名前を聞いても?」


私は、アリスティやニナと顔を見合わせる。


クレアさんは、おそらく危険な人ではない。


そう判断し、自己紹介をすることにした。


「私はエリーヌです。こちらはアリスティ、それからニナです」


そう述べたあと。


私は、クレアさんが話していた内容を翻訳して、アリスティとニナに伝えた。


アリスティもニナも、ユルファント語がわからないだろうからね。


クレアさんと意思疎通を成立させるために、私が通訳を担当しよう。


「は、はじめまして!」


「よろしくお願いします」


アリスティとニナが、リズニス語でそれぞれ挨拶をする。


それをユルファント語に翻訳して、クレアさんに伝える。


クレアさんは微笑んだ。


「エリーヌ、アリスティ、ニナね。よろしく。ところで……さっきから気になってるんだけど。これ、何?」


クレアさんはキャンピングカーを指差した。


私は答える。


「これはキャンピングカーと言います。私が作った新型の馬車ですね」


「新型の馬車……え、あなたが作ったって?」


「はい。錬金魔法で」


肯定する。


ニナが言った。


「エリーヌ様は、凄い錬金魔導師なんですよ!」


……これを通訳するのはちょっと恥ずかしいな。


自画自賛みたいになってしまう。


が、辛抱して伝えることにした。


「へえ、そうなの?」


「はい! なんでもパパッと作ってしまいますし、新しいものを次々と生み出したりできるんです!」


ニナがまるで自分のことのように、誇らしげに語る。


私はやはり恥ずかしいと思い、通訳をしようか悩んで、数瞬、沈黙したが……


クレアさんが聞いてきた。


「彼女はなんて?」


「ええと……私のことを、いろいろ作れる錬金魔導師だと」


「へえ、そうなの」


クレアさんは感心したような眼差しで私を見つめてきた。



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