第3章113話:信頼



「この状況を、打開してさしあげます」


私は微笑みながら、殿下に告げる。


シャーロット殿下が言う。


「あなたに、ルシェスが倒せるんですの? イグーニドラシェルに勝てるんですの? 彼らは……この国の最高戦力ですわよ」


その問いに、私は微笑んで、答えた。


「こう見えて私は、結構強いんですよ? 正直、負ける気がしませんね」


強がりではない。


れっきとした本音だ。


イグーニドラシェル?


リズニス王国の英雄?


それがなんだ。


私にとって、恐れるものは、もう何もない。


かつては、フレッドこそが、恐怖の象徴だった。


諜報、謀略、脅迫、暗殺などを得意とし、戦場においては軍神と謳われた天性の策謀家。


それが、今は亡きエリーヌの兄――――フレッド。


しかし、私はフレッドを越えた。


終わってみれば、実に呆気なく、一方的な幕引きで。


だから……


誰が相手でも、負けやしないのだと、自信をもって断言できる。


後にも先にも、フレッドより恐れるものは無いのだ。


「永世巫女を諦めるか、私を信じて戦うか……選んでください」


そう選択肢を投げかける。


シャーロット殿下は、悩んで……


静かに、つぶやく。


「こんな絶望的な状況……普通なら諦めるところですわ。でも、今までエリーヌさんが、不可能を可能に変えてきたところを、わたくしは何度も見てきました。あなたならば、どうにかできるのかもしれませんわね」


殿下が、微笑む。


最後に、決意を固めたように、答えた。


「わかりました。あなたを……信じますわ」


私は殿下に微笑み返し、強くうなずいた。


このとき……


私は、シャーロット殿下をとても近しい存在に感じられたように思う。


私と殿下のあいだに確かな信頼が生まれたような……


深い仲間というべき存在として、私の中で位置づけられたような気がした。


必ず、殿下を救おう。


私が、改めてそう心に誓ったとき―――――


「はははははは!」


イグーニドラシェルが呵呵大笑した。


「随分とさえずるではないか、エリーヌ・ブランジェ? 英雄たるこの私に負ける気がしないと? そう吠えるのか?」


「……はい。負ける要素がどこにあるのかわかりませんね」


「なるほど。面白い戯言だ。まあ貴様はドラル遺跡を解いたくらいだ、相当に頭が良いのだろう。その知性をもって、この状況を切り抜けるつもりなのだろうな」


そこでイグーニドラシェルが嫌味な笑みを浮かべて、告げる。


「だが見え透いているぞ! ここから貴様が取れる選択肢は限られている。どうせ己かユレイラをおとりにして、アリスティが攻撃するチャンスを作るつもりだろう? それしか手がないのだからな」


いや。


全然違うけど……?


まあ、勘違いしてくれるなら有難い。


このまま肯定も否定もしないでおこう。


「しかし、それは無駄な足掻きだ。貴様が一歩でもその場を動いてみろ。あるいは、仲間に何らかの命令をしてみろ。行動を起こす前に、私の大魔法で、貴様を消し炭に変えてやる。骨すらも残らんほどにな」


そうですか。


こちらは、一歩も動くつもりもないし、仲間に命令するつもりもないんですけどね?


と、そのときルシェスが口を挟む。


「おい、イグーニドラシェル。殺すなよ」


「黙れルシェス。話を聞いていただろう? こいつらは、戦うつもりだぞ。ならば、見逃すのはナシだ。当初の予定通り、エリーヌとアリスティを殺す」


「当初の依頼は撤回するよ。そして新しい依頼だ。敵を無力化しろ。生け捕りにしたほうが効率的だと気づいたんだ」


「エリーヌどもを人質に取るつもりか? だが貴様、とびきり悪い【予感】があるのではなかったのか? 生かすよりさっさと殺して排除したほうがいいだろう」


「考えがあるんだよ。とにかく今は生け捕りに―――――」


会話を始めたことで、イグーニドラシェルの意識が、少しだけルシェスに向いた。


今がチャンスだ。


――――私は、依然、両手を挙げていた。


私の右手の人差し指には、指輪が一つきらめいている。


音響指輪である。


その指輪の安全蓋を、親指でスライドする。


そして開いた指輪のスイッチに、静かに、指をかけた。

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