第3章112話:戯言


と。


そのとき……


ルシェスが、さらなる戯言をほざきだした。


「そうだ、こうしよう。君が二度と僕に逆らわず、素直に洗脳を受けるというならば……エリーヌとアリスティを殺すのはナシにしよう」


「……え?」


シャーロット殿下の目が見開かれる。


私も「え?」と思わず声を漏らしてしまった。


ルシェスはにやりと笑って続ける。


「実を言うと、他国の貴族であるエリーヌ嬢を殺すのは、いろいろとリスクもあるんだよね。やむを得なければ殺すが、本当は殺したくないんだよ」


いやまあ、私はもう貴族ではないけどね。


「だから交換条件だ。君が僕に従うなら、その二人の命は見逃す。そうだな、即座に国外へ退去してもらう程度で許そう」


私は、思わず笑ってしまいそうになった。


ここでも国外退去の話が出るとはね。


私ってやつは、国外追放に縁がある人生なのかしら。


「ユレイラについても、身柄は拘束させてもらうが、殺しまではしない。この条件でどうだ?」


「……」


「イグーニドラシェルがいる以上、戦っても、君たちに勝機はないだろう? 利口な判断をすべきだと思うがね」


シャーロット殿下がひどく悩んだ顔になる。


動揺しているのが明らかだった。


ややあって、彼女は尋ねた。


「本当に……二人の命を、見逃していただけるんですの? ユレイラの命も、奪わないでいてくれるんですの?」


「ああ、約束するよ」


嘘臭いにも程があるな。


ついさっき『どうあっても殺す』と私に宣言したルシェスが、こんな一瞬で心変わりするとは思えない。


つまり、戯言。


戯言のプロだな、こいつは!


ただ、ルシェスの言葉は、殿下の心に毒のように広がっていくのが、よくわかった。


ルシェスの狙いは……


殿下の内にある、永世巫女になることへの罪悪感を刺激し、


さらに私やユレイラさんの命をダシにすることによって、刃向かうことが損だと思わせる。


ルシェスに従ったほうが賢明だ、と認識させれば、洗脳も効率よく進めることができるだろう。


(国外退去とか言ってるけど、実際は逃がさないだろうね。殿下の洗脳が終わるまで、私たちは監禁され、人質コース。で、洗脳が終わったら、私たちは処分される感じかな?)


ふむ……実に合理的だね。


フレッドとかが好きそうな手口だ。


とりあえず、このままでは殿下が引き込まれるかもしれない。


私は、口を挟むことにした。


「殿下。戯言に耳を貸すのは辞めたほうがいいと思いますよ。約束なんて本当に守られるか、わかったものじゃないですし」


「……ですが、この状況、従うほかありませんわ。あなたがたを見逃してもらうには、それしか」


「殿下を犠牲にして助かって、私たちが喜ぶとでも?」


「……たとえ喜んでもらえなくても、生きていてもらえるならば、わたくしは構いません。わたくし一人の犠牲で、あなたがたを助けられるなら、否はないですわ」


……もう6割ぐらい心が傾いているようだ。


でも。


そうか。


殿下にとって、私たちは、どうでもいい存在ではない。


切り捨てていい存在ではないんだね。


彼女の気持ちは良くわかった。


ふふふ。


なんだよ、王女様。


そんな覚悟を見せられたら、こっちもやる気が出ちゃうじゃん。


今、私の中で、殿下を救うという意思が固まった。


私は言った。


「殿下。あなたは何も悪いことはしていません」


「……え?」


「だってそうじゃないですか。『永世巫女になれば結婚しなくていい』というのは、王国のルールで決まってるんでしょ? そのルールのもとで、婚約破棄をしようとして何が悪いんですか?」


そう。


ルール的にいえば、正義は王女にある。


何も恥じることはない。


「あなたは、堂々と、王族の責任を放棄して、婚約破棄していいんですよ? だいたい、こんなゴミと結婚するなんて、心を病みますもんね? 私も元貴族ですし、気持ちはよくわかりますよ」


子爵令嬢として、顔すら知らない相手と婚約させられていたエリーヌ。


まあ、その男とは一度も会ったことがないまま、私が国外追放になったので、婚約については破棄された形になったが。


好きでもない相手との結婚なんて、男でも、女でも、イヤなものだ。


特に、ルシェスみたいなのとは、ね。


「だから私が、あなたを救ってさしあげましょう」

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