第3章94話:勝利



通されたリビングで茶菓子を楽しむ。


前もって作っておいた腕時計を手首に巻いて、時間をチェックする。


1時間が経過した。


……が。


ダルネア嬢は呼びに来ない。


もう少し待つことにした。


やがて夕方になる。


テーブルを囲んでお茶と雑談を楽しむ。


日が傾き始めて、ユレイラさんが言った。


「あの……さすがに1時間は経ちましたよね?」


1時間どころか3時間が経っている。


窓から差し込む採光も、朱色に染まり始めていた。


シャーロット殿下が言う。


「ですわね。向こうから呼びに来ないようですし、こちらから、ダルネア嬢の部屋に向かいましょうか」


「そうですね」


私も賛成した。


老執事にことわりを入れてから、私たちは全員で、執務室へ向かう。




執務室に入ると、さっきと打って変わった雰囲気がただよっていた。


あちこちに羊皮紙が散乱している。


ちらっと近くに落ちていた羊皮紙を見下ろすと、おびただしい数式が書かれていた。


(ふふ、相当悩んだようですね)


私はほくそ笑んだ。


さて……羊皮紙をちらかした張本人であるダルネア公爵は、案の定、頭を抱えていた。


執務机に座り、苦渋の表情を浮かべて、数式と格闘している。


シャーロット殿下が声をかける。


「ダルネア」


「……っ!」


ダルネア公爵がびくっとした。


シャーロット殿下は言った。


「わたくしたちの勝ちですわね。明らかに1時間が経過し、あなたはまだ、問題が解けていない様子ですもの。約束は守っていただけますか?」


「……」


ダルネア公爵は悔しそうに歯ぎしりしていたが、やがて諦めたように息を吐いた。


「はぁ……わかったわ。あたしの負けよ、シャーロット――――いいえ。エリーヌ・ブランジェ」


ダルネア公爵は殿下ではなく、私に向かって、敗北を認めた。


「あなたが提示した証明問題は、恐ろしく高度で、されど、奥深いものだった。かつてシャーロットが持ってきたお粗末な問題と違ってね」


「……悔しさのあまり、あてつけのごとくわたくしを引き合いに出すのは、やめていただけますかしら?」


シャーロット殿下が抗議したが、ダルネア公爵は無視した。


「この証明問題と、あなたに敬意を……エリーヌ・ブランジェ。あたしは確かに、あなたに負けたわ」


「まあ……私が発見した証明問題ではないんですけどね」


「あら、そうなの?」


「ええ。古い文献に載っていたものです。フェルマー予想と呼ばれていたそうですね」


「フェルマー予想……この証明問題は、そう呼ばれているのね」

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