第3章92話:式


私は言った。


「本題はここからです。まずはさきほどの公式をこのように書き換えましょう」


羽根ペンで、私は公式を少し修正する。



a^3 + b^3 = c^3



「難しい操作はしていません。【三平方の定理】の2乗の部分を、3乗に書き換えただけです。こちらもエー、ビー、シーは自然数とします」


私がそう言うと、つまらなさそうな顔をしていたダルネア公爵の目が、細められた。


彼女は瞬時に、この式の異変に気づいたらしい。


私はにやりと笑ったあと、問いかけた。


「では問題です。この公式を満たすエー、ビー、シーは存在するでしょうか?」


「ちょっと待って……」


ダルネア公爵が黙考する。


ややあってから、ぽつりと答えた。


「……すぐに当てはまる数字が思いつかないわね。もしかして、存在しない?」


「さて、どうでしょうね。では、ここでさらに式をいじってみます」


ふたたび私は、公式を修正する。



a^4 + b^4 = c^4



「さきほどと同じです。3乗の部分を、4乗に変えただけです。さて、この式を成立させるエー、ビー、シーは存在するでしょうか?」


「……」


今度こそ、ダルネア公爵は険しい顔つきをした。


私は畳み掛けるように言う。


「では、4乗を5乗、6乗、7乗と大きくしてみましょう。その場合、式を成立させられるでしょうか?」


a^5 + b^5 = c^5


a^6 + b^6 = c^6


a^7 + b^7 = c^7



……と書き加えていく。


ダルネア嬢は、いよいよ私が何を問いたいのかを理解したようだ。


ここで、私はまとめに入ることにした。


「そうです。実は、三平方の定理は、3乗以上になると成立しなくなるんです。これは10乗だろうが50乗だろうが、どこまで数字を大きくしても同じです」


シャーロット殿下が問いかけてくる。


「本当にそうなんですの? エー、ビー、シーにどんな数字を入れても? 一つぐらい成立したりしないんですか?」


「……はい。私は確認したことがありません」


私は答えを知っているので、成立しないと断言できる。


どんな数字を入れても、式が成立しないということは、既に地球で証明されているからだ。

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