第3章85話:ルシェス視点


<ルシェス視点>


その日の夜。


ルシェスは、自身の経営するギルドオフィスにて、とある女性と会っていた。


――――イグーニドラシェル。


リズニス王国の女英雄である。




9階建てギルドオフィスの最上階。


ルシェスの執務室であり、王都の夜景を見渡せる部屋。


その中央に置かれたソファー状の椅子に、向かい合って二人が座る。




イグーニドラシェルは、身長2メートル近い大女である。


髪はウェーブ状のロングヘアであり、蒼髪。


鋭い切れ長の目と、シュッとした険しい顔立ち。


服は豪奢な戦士服にマントを羽織っている。


まさに女傑というべき風貌の女性であり、向かい合って座るルシェスにも、強烈な威圧感が伝わっていた。





ルシェスとイグーニドラシェルは、特に仲が良いわけではなかったが、協力関係にはあった。


お互いの目的をかなえるために、利用しあう仲間。


それがこの二人の関係である。


ルシェスは言った。


「君に依頼したいことがあるんだ、イグーニドラシェル」


「なんだ?」


「始末してもらいたい人間がいる。秘密裏に、だ」


「ふっ……」


イグーニドラシェルは鼻で笑ってから、言葉を返した。


「わざわざ英雄である私を呼び出して、暗殺をやれとでも言うつもりか? そんなくだらない仕事は、他の雑魚どもに頼んでいろ」


そう吐き捨てて立ち上がろうとしたところ、ルシェスが呼び止めた。


「まあ、待ってくれ。きっと君も、興味がある話だと思うから」


イグーニドラシェルは、腰を浮かせた状態から、いったん座りなおすことにした。


ルシェスが言う。


「始末してもらいたい人間というのは二人だ。一人は、エリーヌ・ブランジェ。もう一人は、アリスティ・フレアローズだ」


「……ほう」


イグーニドラシェルは興味深げに声を漏らした。


「アリスティか。また懐かしい名前を聞いたな」


ルシェスは、かつてイグーニドラシェルとアリスティが戦場で出会い、殺し合い、引き分けで終わったことを突き止めていた。


だから必ず、アリスティの名を出せば、イグーニドラシェルが食いついてくると思ったのだ。


「それにブランジェという名前もだ。フレッドの親類か?」


イグーニドラシェルの問いに、ルシェスはうなずいた。


「ああ。おそらくエリーヌは、フレッド・フォン・ブランジェの妹だよ」


まだ裏取りはできていない。


が、アリスティが、フレッド・フォン・ブランジェの末妹に仕えているという情報を、何年か前に聞いたことがあった。


その末妹というのが、おそらくエリーヌ・ブランジェなのだろう。


「なるほどな」


イグーニドラシェルは、ルシェスの予想通り、話に興味を持ったようだ。


ルシェスは言った。


「で、そのエリーヌとアリスティを始末したいと? いったいどういう事情だ?」


「【予感】があった。とびきり悪い予感だ」


「予感……ね」


ルシェスは、自分に関わる人間が、将来的に利益をもたらすか、不利益をもたらすかを判定できる【予感能力】を持っている。


彼はこの能力を駆使して、非常に上手く世渡りをしてきた。


―――自身に都合の良い人間ばかりを重用すること。


―――逆に、自身に都合の悪い人間を未然に排除すること。


その判定を、ほぼ100%の確率で行うことができる。


政治において、極めて有利な能力である。


実際、ルシェスが破竹の勢いで権勢を拡大していったのも、この力によるところが大きい。


そして今回……


ルシェスがエリーヌたちと会ったとき。


かつてないほどに【悪い予感】を感じたのだ。


「特にエリーヌ・ブランジェ……彼女は僕に破滅をもたらすかもしれない」


「ふむ。それほど危険な【予感】だったと?」


「ああ。まるでエリーヌを中心に、大きな深淵が存在していて、闇の気流が溢れ出しているような……そんな【予感】だった。こんな感覚は初めてだ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る