第3章71話:シャーロット視点3
「むしろ、あれほどの技術があって尚、国外追放をした帝国は、いったい何を考えているのかわかりませんわ」
「……やはり国外追放というのも嘘なのでは? 帝国から送り込まれた密偵かもしれません」
「仮にそうだとしても、彼女と友誼を結んでおくことに否はありませんわ。それに……」
シャーロットは一拍置いてから、言った。
「"あの男"から王家を守るには、エリーヌ嬢の協力は不可欠ですもの」
あの男――――それは、シャーロットの婚約者のことである。
ルシェス・ケルフォード。
経済大臣の息子であり、若くして頭角をあらわし、貴族界に覇権を広げつつある新星だ。
経済大臣は大貴族と財界の仲立ちをになう架け橋のような存在だったが、その息子であるルシェスは、さらに貴族と商人の関係を強化。
政治・経済の両面において圧倒的な権勢を得るに至ったのである。
その権力をバックに、第一王女であるシャーロットとの婚約まで成立させてしまったのだから、飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
ただ……
ルシェスには、よからぬ者とのつながりがある。
そういう噂がある、というレベルではなく、証拠があるのだ。
――――ルシェスは脅迫と闇討ちによって、都合の悪い者たちを排除している。
彼が政界に進出してきてから、上流貴族の不審な死が絶えないのだ。
また、二年ほど前から、王国のいくつかの都市で麻薬が蔓延する事態も起こっていた。
リズニス王国は、当然のことながら麻薬売買を禁止している。
だから麻薬商売はすぐに鎮圧されるのだが、今回はなかなか収束せず、長引いている。
そして、それらの事件を調査した結果、ルシェスが裏で糸を引いているということがわかった。
その証拠を、シャーロットは握っている。
しかし状況証拠に毛が生えた程度のものであり、告発できるほどのものではない。
決定的証拠を握らなければならない。
だが、時間がなかった。
結婚が成立し、王家に籍を入れられてしまっては、ルシェスを簡単に排除することはできなくなる。
女王陛下は、ルシェスを取り込むつもりであるが、今のままいけば、むしろルシェスに王家が乗っ取られてしまうだろう。
それだけは防がなければならない。
(まあ個人的に、政略結婚など、御免ですし)
王家を守るために婚約破棄をもくろんでいるのは本当だ。
しかしそれは理由の半分で、もう半分は、あんな男の子孫を産むなど、死んでも御免だということだ。
いや……そもそも政略結婚で得た男との世継ぎなんて、要らない。
王族としてわがままな話だとは自覚している。
しかし、そのわがままを通すために、永世巫女になるのだ。
そのためにはエリーヌの力が、絶対的に不可欠である。
「わたくしが永世巫女として自由を勝ち取るために、エリーヌさんの叡智に賭けるしかありませんわ。彼女がどのようなお人であれ、すがるしかないんですの」
「シャーロット様……」
「……情けないことを言ってしまいましたわね。忘れてちょうだい」
「……いいえ。シャーロット様の心中はお察しいたします」
実際のところ、200年も解けなかった術式をエリーヌが解くことは、望み薄だ。
解けたとしても、時間がかかりすぎては、ルシェスとの結婚が先に成立してしまう。
シャーロットは常に最悪を想定する。
もし、エリーヌが宝物庫の扉を開けられなければ、ルシェスに対して非情な手段に出ることも考えていた。
失敗したときのことを考えて、今までそういう手を打つことはしなかったが、最後の最後は覚悟を決めるつもりだ。
「ただ……国外追放の件については事実確認をしておきたいですわね。それと、フレッド・フォン・ブランジェが死んだという情報についても、精査しなければなりませんわ」
「私からすれば、後者の情報は信じられません。フレッド将軍といえば、ランヴェル帝国の軍神と呼ばれた名将ですよ」
さらにいえばフレッドは【選ばれし六傑】――――
アリスティと同じく、戦場で戦ってはいけないとされる六将の一人だ。
そんな人間が死去したなどというのは、簡単に受け入れられる話ではなかった。
「フレッドがいるのといないのとでは、帝国の地力は大きく変わってくるでしょう」
ユレイラはそう述べた。
シャーロットは疑問を口にする。
「ふむ……帝国でいったい何が起こっているのでしょうね?」
今はまだわからない。
しかし、今後、帝国に大規模な波乱が起こることは予想される。
フレッドがいなくなれば、周辺諸国が帝国へと侵攻する機運が高まるだろう。
そのときリズニス王国が取るべき立場を、あらかじめ決めておかなければならない。
ユレイラは言った。
「ひとまずランヴェル帝国の調査を行ってみます。さっそく部下に指示を出してきましょう」
「ええ。お願いしますわね」
ユレイラがテントから去っていく。
こうして、夜も更けていった。
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