第2章66話:依頼


私は説明する。


「フレッドはどうやら極秘任務に当たっていたようですが、その際に命を落としたようですね。詳しいことは知りませんが」


言うまでもなく、この発言は嘘である。


フレッドを殺したのは、他ならぬ私だ。


そして、この嘘は、どうせ後で殿下たちにバレる。


なぜなら彼女たちは、私の語った情報を、裏取りするだろうからだ。


だが、この嘘はバレてもいい。


彼女たちは、私の嘘を見破ったあと、こう考えるはずだ。


『どうやってエリーヌは、フレッドとセラスを殺したのか?』


と。


第一にはアリスティの存在を考える。


しかし、どう考えたってアリスティ単体では、フレッドたちを壊滅させるのは無理だ。


そして殿下たちは推測を重ね、やがて、私が強力な兵器を保有していることに思い至るだろう。


その兵器がいったい何なのかわからないうちは、迂闊に私たちへ手出しをすることはなくなる。


私がリズニス王国と対等に語り合うためには、以上のように、兵器の存在をちらつかせることは重要である。


シャーロット殿下は言った。


「そ、そのような情報を、簡単に話してしまってよろしいんですの? 帝国としては隠したい事実なのではないですか?」


フレッドは、その存在自体が、周辺国への抑止力となっている。


そんな彼が死去したとなれば、ふたたび諸国はランヴェル帝国への侵攻を企てるに違いない。


だから、ランヴェル帝国は、フレッドの死をしばらく隠そうとするだろう。


だが……私には関係ないことだ。


「帝国としては隠したいでしょうね。ただ、私はそんな帝国に追放された身ですから、あの国に対する義理などはありません」


まあ、情報を積極的に吹聴して回るつもりもないけどね。


あまり派手にやりすぎると、私の口止めをするため、帝国から刺客が放たれることになるだろうし。


そのときユレイラさんが聞いてきた。


「国外追放されたという点についてですが……いったいどういう理由なのか、うかがってもよろしいですか?」


「汚職の罪、ですね」


この質問に対しては、嘘をつくことなく正直に答えた。


「ただ、それは濡れ衣です。まあ、信じていただけないかもしれませんが」


「ふむ……」


「しかし、汚職は濡れ衣ですが、国外追放は、正式な手順を踏んで下された沙汰です。私は一応、大罪人ですから、メリスバトンを担うのは厳しいかと存じます」


いくら実力があっても、国外追放を受けた罪人が、他国で宮廷魔導師など出来ようはずもない。


不信任だとされて、失職へと追いこまれるのが関の山だろう。


そのことを理解したシャーロット殿下は、難しい顔をした。


ややあって、彼女は言った。


「……わかりましたわ。あなたの勧誘は諦めます」


「はい。せっかくのお誘いだったのに、申し訳ありません」


「いいえ……しかし、勧誘とは別に、依頼したいことがございますの。その話をさせていただいてもよろしくて?」


「ん……依頼、ですか?」


私が首をかしげる。


シャーロット殿下は一拍置いてから、告げた。


「まず簡単な身の上話をさせていただきたいのですが、わたくしは、つい先月、とある殿方と婚約いたしました」


「それは……おめでとうございます」


と、私は社交辞令を述べた。


しかしシャーロット殿下は浮かない顔であった。


その婚約に納得がいっていないという表情だ。


「めでたいことではありませんわ。お母様に決められた婚約ですもの。まあ、わたくしも良い歳ですから」


シャーロット殿下のお母様というのは、女王陛下のことだろう。


その女王陛下に、政略結婚の縁談をまとめられた。


おそらくシャーロット殿下の意思とは無関係に。


まあ、どんな国であれ、22歳の王女を野放しにしておくことはないだろう。


むしろ婚約が遅すぎるぐらいかもしれない。


「しかし、わたくし、結婚なんて真っ平御免ですわ。どうして好きでもない殿方と結婚しなければならないんですの?」


シャーロット殿下が本音をぶちまける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る