第2章65話:メリスバトン


―――メリスバトン。


それは錬金魔導師の第一席の名称である。


錬金魔法を重宝している国に置かれる官職だ。


「折りしも現在、メリスバトンは空席ですの。それゆえ、あなたを第一席に据えるのは、簡単なことですわ」


「第二席の人に怒られませんかね、それ」


メリスバトンが空席なのだとすると、次の候補は、現在第二席の者となるのが順当だ。


シャーロット殿下は答える。


「まあ、いきなりの大抜擢となると反発もあるでしょうが、これらの素晴らしい技術を目にすれば、どんな愚か者の口も黙らせることができましょう。ね、ユレイラ?」


「はい。錬金魔法にさほど詳しくない私の目から見ても、エリーヌ殿の技術は隔絶しているように感じますので……ただ、素性が不明なところだけが心配です。エリーヌ殿は、他国の貴族ということはないでしょうか?」


ユレイラさんがそのように尋ねてくる。


私がメイドを引き連れているから、貴族か、それに準ずる富裕層であるとは推察していたのだろう。


私は答えた。


「正確に言うと元貴族……です」


「元……ですの?」


「はい。実は私は、いろいろ事情があって国外追放となった身です。元々はランヴェル帝国、ブランジェ家の末女として育ちました」


本当はブランジェの名は隠しておきたかったが、もうぶちまけておくことにした。


国外追放者であると告げておいたほうが、メリスバトンを断りやすいと思ったからだ。


そう。


私は、メリスバトンなど望んでいない。


私の望みは、健やかなスローライフ生活である。


もしも宮廷魔導師になど成ってしまったら、政務と社交に忙殺され、その望みが叶わなくなってしまう。


やっと貴族社会から解放されたのに、ふたたび面倒くさいしがらみにとらわれるのは、真っ平御免だった。


……と。


ブランジェ家の名前を出したことで、シャーロット殿下は驚愕した。


「ブランジェ家……え!? いま、ブランジェ家と申されましたかしら!?」


「は、はい。そうですが……」


「あなた……もしかして、フレッド・フォン・ブランジェの妹君ですの!?」


「あぁ……さすがはリズニス王国の姫太子ですね、兄上の名をご存知でしたか」


フレッドは子爵令息であり、本人自身も「フォン」の名を持つ子爵位であるものの、貴族として高くない身分であるのは間違いない。


ただ、それでも近隣諸国では有名な存在であった。


戦争で華々しい活躍を行ったからである。


特に、強国である【大王国】と戦争をして、破滅へと追いやったことは、とてもよく知られた話だ。


ランヴェル帝国にはフレッドあり……と恐れられることになった戦である。


実際、当時ランヴェル帝国に侵攻を考えていた国々は【大王国】の滅亡を聞いて、尻込みするようになったほどだ。


シャーロット殿下は言った。


「フレッド・フォン・ブランジェとは以前にお会いしたことがありますが、大変な傑物でございましたわ。軍部を背負う彼と、彼の率いるセラスがいれば、ランヴェル帝国は安泰でしょう」


私は言う。


「そうかもしれませんが、フレッドは死にましたし、セラスは壊滅しましたよ」


「……ええ!?」


シャーロット殿下は愕然とした。

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