第2章49話:演奏
実はこのときのために、10曲ほどであるが、日本語の曲を、ランヴェル帝国語の歌詞に翻訳しておいた。
もちろん、フレーズと音が一致するように調整を行ったうえで……だ。
その中から1曲、選曲する。
私が選んだ曲は、前世で好きだったボーカロイド。
努力をしたけれど報われず、才能が開花しないことに疲れてしまった……そんな歌詞の曲。
まさにエリーヌにぴったりの曲である。
単に弾くだけではない。
歌いながら、ピアノを演奏する……
つまり弾き語りである。
ちなみに――――
私は、歌がド下手であった。
カラオケの音程バーを外すことに関しては、天性の才能を持っているほどだ。
孤独ゆえに友人とカラオケにいくことはほとんど無かったが、もし友達が多ければ、カラオケをどう断るかにひどく悩んだことであろう。
それに対して。
エリーヌは、逆だ。
エリーヌは超がつくほど歌が上手い。
驚くべき音域の広さと、オペラ歌手のような力強い歌声を発することができる。
もし、軍人でなければ、聖歌隊や声楽の道で食っていくこともできたのではないかと思うほどだ。
そんな、エリーヌボイスに乗せた私のボーカロイド曲は、まさに女神の歌。
ボーカロイドの異常な高音域も、のびのびと歌いあげる。
歌う。
歌う。
歌う。
サビに入る。
私は、深く、演奏と歌に集中していた。
アリスティの存在は一時忘れ、自分の世界に没頭する。
ピアノの音が空気に溶けていき、歌声が天へと昇る。
音の世界に溶け込んでいく快感と夢心地。
そして、演奏が終わりを迎えた。
「ふう……」
ひと息ついて、余韻に浸る。
そのとき。
「……!」
拍手の音。
見やると、アリスティが手を叩いて賞賛を示していた。
……というか。
「な、泣いてる!!?」
なんと、アリスティが拍手しながら、はらはらと涙を流していた。
ええぇ……。
私は、驚いて固まってしまった。
「こんなの、そりゃ、泣くでしょう……!」
アリスティが目元をぬぐいながら言った。
「普通の声楽曲を歌うのかと思いきや……なんですか、今のは。いくらなんでも卑怯ですよ」
ああ。
まあ、この時代の歌といえば、声楽曲がほとんどだよね。
だから現代的な歌を聴くのは、アリスティも初めてだったのだろう。
それにしても、泣くほどとは思わなかったが。
「お嬢様が、天使のごとき歌声をお持ちなのは、存じています。でも、言葉に感情を乗せて歌うことで、より破壊力が増しましたね。ピアノという楽器も、本当に美しい音色で……これほどの歌と演奏に触れるのは、生まれて初めてです」
「いや、大げさでは? アリスティは160年も生きてるのですから、もっと素晴らしい歌に触れたことはあるでしょう」
「いいえ! 大げさではありません! 私、歌で泣いたこと自体が初めてなんですよ!?」
……そうなのか。
私の弾き語りで、アリスティを感動させられたと思うと、ちょっと嬉しいな。
「それで、いまの歌い方は何なのですか? 不思議な曲調と、感情豊かな歌い口でしたが」
「前世ではこういう歌い方をするのが一般的なんです。声楽曲は主流ではありませんでしたから」
現代日本では主流たるポップスやロックミュージック。
いま歌ったボーカロイドもその系譜である。
アリスティには相当鮮烈に聞こえただろう。
彼女は言った。
「いまの歌い方は、こちらの世界にも公表して積極的に広めるべきです。そしてお嬢様の歌声も、興行をおこなって、大陸全土に知らしめましょう!」
「お、落ち着いてください。話が飛躍しすぎです。興行を行うつもりなんてありませんよ」
「そんなっ! 私はお嬢様の歌声を、いろんな人に知ってもらいたいです!! 今の歌を誰にも共有できないなんて、もどかしいではありませんか!!」
ほう。
自分が良いと思った曲を、他人と共有したいとな?
まるで地球人らしいことを言うじゃない。
この世界にSNSがあれば、アリスティはどっぷりハマっていたかもしれないね。
「とにかく広めるつもりはないですよ。ただ、こういう種類の曲が気に入ったなら、たくさんストックはあるので、アリスティの前で歌って、弾いてあげますよ」
「そうなのですか? どれぐらいストックがあるのでしょう?」
「うーん、1000曲ぐらいですかね?」
「ええ!? そんなに!?」
まあ前世で普通に生きていれば1000曲ぐらいは覚えているものだと思う。
メロディさえ覚えていればピアノで演奏できるので、全部弾き語りが可能だ。
……まあ、いちいち歌詞を異世界言語に変換するのが大変そうだが。
「というわけで、他人に広めるのは諦めてください」
「うう……仕方ありませんね」
アリスティが引き下がる。
そのあと、5曲ほど新しい歌を歌ってあげた。
よほどアリスティは私の歌と、前世の曲を気に入ってくれたようで、もっと聞きたいと言ってくれたが……
さすがに一気に歌いまくるのもどうかと思ったので、今日はここで中断した。
そしてこの日から、定期的にアリスティには弾き語りを聞かせることになったのだった。
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