第2章41話:ブランジェ家の視点


<ブランジェ家の視点>


昼。


晴れ。


ブランジェ領主邸。


その執務室で、エリーヌの母であるディリス・フォン・ブランジェは狂乱していた。


軍人であるディリスの使うこの部屋は、いつもなら、静かな雰囲気がただよっている。


しかし現在は、荒れた空気が充満していた。


「エリーヌを殺せ……ッ!!!」


憎悪と怒りを極限まで詰め込んだディリスの声が響き渡った。


その場には、


ブランジェ家の執事、


軍の小隊長、


そしてローラがいた。


――――ローラ・フォン・ブランジェ。


青色の髪と、緑色の瞳を持つ、エリーヌの姉である。


狂乱するディリスを前に、ローラは落ち着き払っていた。


しかしローラ以外の二人は、ディリスの剣幕に震え上がっている。


ディリスはもはや、正気を失っていた。


「探し出して殺せ! あのクズな娘を、なんとしても始末するのよ!!」


「お母様」


ローラが静かに声をかける。


しかしディリスは呼びかけには応えず、髪を振り乱す。


「私の、私の可愛いフレッドが……!! あああ、どうして!? どうしてフレッドが死ななくちゃいけないの!!」


―――フレッドの死。


つい今朝方、早馬によってその情報がもたらされた。


それから夕方まで、ずっとディリスはこの調子だ。


ディリスの乱心ぶりには、ローラも半ばうんざりしていた。


しかしローラもまた、多かれ少なかれ、フレッドの死には衝撃を受けているのが本音だった。


単純に、血を分けた兄の死が驚きだったというのもある。


だが、何より驚いたのは、兄を殺したのがエリーヌだということだ。


にわかには信じられない情報だった。


しかし、ディリスの様子を見る限り、真実なのだろう。


(察するに、国外追放となったエリーヌに刺客が差し向けられた。その刺客がフレッド兄さまだった)


そしてフレッドはエリーヌと戦い、返り討ちに遭った。


おおよそ事情はこんなところだ。


しかし、やはりそれは信じがたい事実だった。


あの才能豊かな兄が、エリーヌに敗北するなど誰が想像できようか?


――――エリーヌにはアリスティが付いている。


一流の軍人であるアリスティ。


彼女ならばフレッドに打ち勝つことは不可能ではない。


ただ……今回の報告は、少し毛色が異なる。


アリスティの存在だけでは説明のつかないものだ。


なぜなら、フレッドの配下であるセラスもまた、皆殺しにされていたからだ。


いかにアリスティが優れていようと、単身でフレッドとセラスを全滅させるなど不可能だ。


帝国最強の精鋭と名高いセラス。


その強さはローラもよく知っている。


だが―――実際に彼らは敗北した。


どのようにして負けたのか?


わからない。


なぜなら、フレッドとセラスの遺体は焼却されていたからだ。


そのせいで正確な情報が読み取れなくなっている。


ただし……後詰めのほうの死体は焼却されておらず、そちらは、アリスティによって殺されたことが判明している。


やはり、アリスティが一人で暴れてフレッドたちを全滅させたのか?


状況的にそう考えるしかないのだが、どこか不可解だった。


(遺体を焼却したということは、何かを隠したかったということよね)


我々、ブランジェ家の軍人が、殺した遺体を焼却する理由。


それは多くの場合において、情報を持ち帰らせないためである。


つまり証拠隠滅だ。


ちなみに、そんな状態だったから、遺体がフレッドとセラスのものであると断定されるまで、多少の時間を要した。


焼却された遺体が、いったい誰であるかを特定するのは簡単ではない。


今回の場合、遺体に残留した魔力がフレッドたちのものだったということで、断定ができた。


(エリーヌは……なんらかの兵器を用いたのかしら?)

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