第1章34話:旅の始まり


ついに打ち明けた。


ここまでアリスティには前世のことを黙ってきた。


でも、一番身近にいる相手だから話しておいたほうがいいと思ったのだ。


私は続けた。


「前世では日本という国に住んでいました。おそらくこの世界に存在する国ではありません、異世界です。その世界で20年ほど生きて、死んで、エリーヌとして生まれ変わったのです」


まあ、はっきりと自分の身に何が起こったのかはわからない。


気づいたらエリーヌになっていたからね。


「前世の記憶を思い出したのはつい最近です。ちょうど屋敷を出た、あの日です」


今となっては自分は古木佐織なのかエリーヌなのかわからない。


どちらか一方が主人格なのではなく、融合しているのだと思う。


アリスティが、言った。


「なるほど……そうだったんですね」


「疑わないんですか?」


「はい。まあ、いろいろ納得がいきましたから」


彼女は苦笑しながらそう答えた。


まあアリスティは、そりゃ困惑したはずだよね。


私も前世の知識チートを遠慮なく発揮してたから……。


アリスティは尋ねてくる。


「あのキャンピングカーは、前世の国の乗り物なんですね?」


「はい。前にも言いましたが、自動車という乗り物です。日本では一般的な乗り物ですね。その中で旅行向けに特化したものがキャンピングカーというわけです」


私の説明に、アリスティはなるほどと納得する。


そして、さらに聞いてくる。


「日本というのは、どんな国なんですか?」


私は在りし日の記憶を懐かしむように、答えた。


「とても豊かな国でした。ほとんどの民が美味しいご飯を食べられて、読み書きができない者はおらず、あふれるほど多種多様な娯楽を楽しむことができました」


一拍置いて、続ける。


「信じられないかもしれませんが、キャンピングカーも庶民が買える乗り物です。こちらの貨幣でいうと金貨500枚ほどで買えますからね。まあ旅行を趣味にしている人ぐらいしか買わないですが」


「それは……ちょっと信じがたいですね」


アリスティは苦笑していた。


そして聞いてくる。


「そんなに便利な社会で生きていらっしゃったのなら、お嬢様は、この世界がご不満ではないのですか?」


「いいえ」


私は即答した。


「この世界にはこの世界の良さがたくさんありますから」


異世界は私にとってロマンである。


魔法がある世界。


エルフやドラゴンが存在する世界。


冒険の世界。


便利とか、不便とか、そういうものでは測れない何かがある。


だから私は、この世界が好きだ。


はっきりと断言できる。


「それに不便な部分は、自力でなんとかできますからね」


確かに前世にあって、異世界に無いものはたくさんある。


でも、それなら作ればいいだけだ。


そのための素材と、


知識と、


錬金魔法があるからね。


「せっかく転生したのですから、私はこの世界を存分に楽しみたいと思っています。アリスティも、よければ私に付き合ってくれると嬉しいです。一緒に、この世界を満喫しませんか?」


私はアリスティを見つめる。


アリスティは穏やかな表情で見つめ返したあと、静かに答えた。


「はい。どこまでもお供いたします、お嬢様」






翌日。


私たちはカラミア公国を越えた。


関所を抜けて、リズニス王国へ入る。


まだ見ぬ旅がここから始まるのだった。




第一章 完

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