第1章26話:勝利
(さようなら、兄上)
私は音響兵器のスイッチを押した。
直後。
キィィィィィンッ……!!
と。
凄まじいハウリングが全方位に放たれる。
しかしフレッドとセラスの対応は早かった。
なんらかの攻撃が放たれたと理解したのだろう、彼らは即座に【防御結界】を展開していた。
そう、それはセオリーだ。
敵が攻撃を仕掛けてきたら、とりあえず防御結界を張っておけば、おおむね対処できるという定石。
だが――――
音響兵器は、防御結界をすりぬける攻撃だ。
なぜなら防御結界には想定されていないパターンだからだ。
音響兵器の本質は、高周波の音波をぶつけることにある。
しかし『周波数』という概念がまだ知られていない異世界において、この攻撃の本質を理解し、防ぐことは難しい。
原理が不明の攻撃だから、防御結界では対処ができないのだ。
ゆえに、音波は結界を貫通して彼らの耳を破壊していく。
鼓膜を潰し、三半規管を狂わせ、脳に損傷を与える。
「「「「かはっ……!?」」」」
糸が切れたように倒れていくセラスの男女たち。
ほとんどの者が失神する。
しかし、ただ一人だけ、倒れなかった者がいた。
フレッドである。
「お、お前……何を、した……っ!?」
フレッドが膝をつきながら尋ねてくる。
どうやら、あの一瞬で防御結界を修正し、音波攻撃を防いできたようだ。
恐るべき対応力である。
天才の名は伊達ではない。
とはいえ、さすがに音波を完全に防ぎ切ることはできず、せいぜい減殺するに留まったようだ。
多大なダメージを受け、苦しんでいるのがわかる。
「音による、攻撃……か!? まさか、新種の……ハルピュイアか……!?」
フレッドがそのように推測する。
ハルピュイアは歌による幻惑攻撃を行ってくる魔物だ。
しかし、今回のは違う。
「違いますよ、兄上。これは音響兵器です」
「音響、兵器……!?」
「音波を照射して敵の耳や脳を破壊する兵器です。私の錬金魔法で開発しました」
「馬鹿、な……っ!」
信じられないといった目でフレッドが見つめてくる。
一方、私は目を細め、フレッドの状態を冷静に分析する。
耳を壊す音響兵器の攻撃を食らっても、会話が成立している。
普通なら耳が聞こえなくなっているから、話もできないはずなんだけどね。
フレッドはどうやら、鼓膜は守ったようだ。
しかし蒼ざめ、身体をガタガタと震わせているあたり、脳や三半規管への衝撃に関しては、多少和らげるしかできなかったというところか。
実際、フレッドの魔力が激しく乱れている。
意識が朦朧としているのだろう、魔力を制御するための集中力が低下しているのだ。
「お前のような、無能が……っ、そのような兵器を、開発した、だと……!? 有り得ん……! お前ごときが、そんな」
「己が身をもって体感したことを、否定なされるのでしょうか? そこまで愚かではないはずです」
フレッドが歯ぎしりをする。
私は続けた。
「まあおしゃべりはいいでしょう。ダラダラと話してるあいだに回復されてもイヤなので、トドメを刺させていただきますね」
ここまで弱ったフレッドの攻撃は怖くない……そう判断した私は、彼に近付く。
用意していたショットガンを、フレッドに向けて構えた。
相手を容赦なく吹き飛ばせる距離である。
ショットガンもまた、フレッドが見たことのない得物だろう。
しかし、己を殺傷する武器であることは理解したようだ。
「この俺が……っ! 愚妹に、負けるだと……!? そんなことは、あっては、ならない……!!」
フレッドが気合で立ち上がろうとする。
しかし、ふらっと力が抜けて転ぶ。
また立ち上がろうとして、転ぶ。
懐からポーションを取りだそうとして、取り落とす。
……哀れだ。
「では今度こそ、さようなら。兄上」
「ま、待て……! 話をしよう。もう暗殺は、ナシだ! だから―――――」
私は、引き金を弾いた。
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