第1章25話:戦闘態勢



予想外の言葉だったのだろう、フレッドが目を見開いた。




彼の攻撃において最も恐ろしいのは剣速である。


戦闘では自身を【身体強化魔法】で強化する。


兄の身体強化魔法は速さに特化しており、その剣術速度は、常人の目で追えるものではない。





私は、フレッドの剣の間合いを警戒していた。


ここからだと兄は、一歩の踏み込みで、私に剣を届かせるのは不可能だろう。


私に刃を届かせたいなら、どうしても一歩半か、二歩の踏み込みが必要だ。


(逆にいえば、二歩目を踏み出された時点で、こちらの首を狩られてもおかしくない)


つまり、一歩でも近づかれると、もう黄色信号である。


二歩目には、目にも留まらぬ速さで剣が迫りくるのだから――――


ゆえに、現在の距離を縮められることがあれば、容赦なく音響兵器を起動する。


たとえ一歩でも私に近づくことは許さない。


しかし、音響兵器の存在など知らぬ兄は、私の態度を笑った。


「これは傑作だな。俺を殺すだと? お前のような愚鈍な女が?」


あざけるような笑みを浮かべて言ってくる。


「うぬぼれるなよ愚妹。俺とお前の関係において、殺す権利があるのは俺だけだ。お前みたいな雑魚に脅される理由など何処にもない」


「その割には、ずいぶんと大人数でのお出迎えのようですが?」


「これはお前を警戒したわけではない。俺が恐れたのは、お前の横にいるその女だ」


なるほど。


アリスティのことか。


「お前とアリスティが合流し、行動を共にすることは高い確率で予想できたことだ。そして、アリスティ・フレアローズは俺ですら手を焼く武人だ。故にこの【セラス】を動員し、万全の体制で待ち構えるほかなかった」


やはりフードの者たちはセラスだったようだ。


アリスティは言う。


「そう言っていただけて光栄です、フレッド様。私を恐れるなら、素直に道を通してくださると嬉しいのですが」


「それはできん相談だ。エリーヌを殺せ、というのは母上からの命令だからな」


予想していたがバックにいるのは母上か。


ただ、フレッドなら母の命令は無視できたはずだ。


だからまあ、私を殺そうとするのはフレッド自身の意思でもあるのだろう。


「アリスティ、お前は有能だ。愚妹を切り捨て、俺のもとに来るなら、俺と対峙した無礼を許そう」


「申し訳ありませんが、私はエリーヌ様に全てを捧げています。裏切ることはありません」


「お前の人生において、それが最も愚かな選択だとしても?」


「愚かではありません。そもそも私は、お嬢様の才覚がフレッド様に劣るとは思っておりませんので」


その言葉を聞いて、はじめて、フレッドが顔をしかめた。


「聞き捨てならん言葉だな。そこのクズが、俺と同格だと?」


あの……愚妹とか雑魚とかクズとか、いろいろひどくないですかね?


まあでも、フレッドはいつもこんな調子なんだよね。


ため息をつくしかないよほんとに。


「はい。お嬢様の才能は、フレッド様と同格……いえ、それ以上であると断言します」


アリスティが言い放つ。


フレッドは、耐えられないとばかりに笑った。


「ふふ、ふは、ふはははははは!! そうか。そこの愚妹が、この俺よりも優秀だとほざくか!」


フレッドは笑い続ける。


ひとしきり笑ってから、フレッドはふうと息をついた。


「わかった。もういい。まさか、お前がここまでの蒙昧だったとはな。2年前、母上がなぜお前をクビにしたのか、いま理解した。お前についてはもう諦めよう」


フレッドの目にふたたび殺意が宿る。


いよいよ戦闘体勢に入ったようだ。


フレッドがセラスたちに視線と身振りで合図をする。


セラスたちも呼応するように、戦意をみなぎらせ、それぞれの得物を構える。


フレッドは言った。


「おしゃべりはここまでだ。ここからは剣で語り合おう。まあ、一瞬で終わってしまうかもしれんが、こちらに被害がなければそれで――――」


語りながら剣を抜いて、フレッドが一歩足を前に出した。


そう、一歩だ。


一歩でも踏み込んだら殺す、と私は宣言したはずだ。


その一歩目を、フレッドは踏み出した。


(さようなら、兄上)


私は静かに、音響兵器を起動させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る